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沖縄サバイバルラン400km 回想記2016 その④

スタート前に配られた、銀色・超軽量のイマージャンシーシートにくるまりながら、どれぐらい横になっていただろう。序盤の決して短いとは言えない闘いを終えたランナー達が続々と辺戸岬に到着してくる。起き上がって、出迎える余裕もなく、そのままの姿勢のまま拍手でその健闘を讃えるのが精いっぱいだった。動くと、岬の強い風が、シートの隙間から入り込んでくるのでとても寒い。このあと、250km地点の辺野古まで88km、山道が続く。決して誇張するわけではなく、8,9割がアップダウンの連続だ。昨年、もっと元気だったのに、辺野古に着くまでにはぼろぼろに打ち砕かれた僕がいた。さらに弱った状態で、しかも時間的にもビハインドで挑まなければいけないのは、精神的に堪える。さっさと出発しなければという気持ちとは裏腹に、体は石のごとく、頑として再び動き出すことを拒んでいた。なんで、こんなに辛いんだろう?昨年の経験を踏まえて、無理せず、抑えて、休みも十分とりながらここまで来たはずなのに。暑さ・湿度のせいなのか?それとも体調面の影響なのか?このサバイバルにおいて、この手の犯人探しはそれほど意味を持たない。不調、疲労の原因は決して1つだけということはなく、様々な要因がそれこそ複雑に絡みあっていることがほとんどだから。その結果、辛いなら、今現在の体の状態に耳を傾けて、最善と思われる策を探すことに全力を注いだ方がより有用である。めまぐるしく変化する状況に応じて、その都度、対策を施す。それでもすぐに解決策が見つからないようなら、ある程度の楽観、開き直りも有効だ。とあるレジェンドが昨年言っていた。辛い時でも堪えて走っていればまた少し楽に走れるときが来るからと。今思えば、確かにな~、と思う。どんな絶望的な状況下でも、この気持ちを絶やさない人がゴールできるんだろう。人間メンタルが8割ぐらいを占めてるんだろうから。
 結局、辺戸岬を出たのは正午になってしまった。昨年より、2時間以上のビハインドだ。ということは、昨年よりも手前でヤンバルナイトランに突入することを意味する。考えるだけで滅入りそうだ。辺戸岬を出てしばらくの登りをゆっくり進み、さらに慎重に奥までの道を下っていく。ここが昨年、左膝を壊してしまった思い出の下り坂だ。二の舞は避けるべく、それこそ歩くように下る。無事に奥の共同売店にたどり着き、水と、アイスを購入。珍しい当たり付のローカルアイスだった。開けてみてみると、見事当たった。さらによく見ると、同じ商品を2こプレゼントと書いてあった。1つならず、2つとは、恐るべし!こんなヤンバルの奥地で運を使い果たしてしまった感が残る。この先はもうトラブルしか待っていないんじゃないか・・・。ちょうどサポートカーで巡回していたK夫妻とすれ違ったのでその券を差し上げた。奥を出発したのは1時半ごろ。東村までは50kmと親切に青看板が教えてくれている。この山道は、平均時速5kmをキープするのも結構つらい。となると、東村の到着は夜の11時半ごろか。そこから辺野古までの30kmも6時間ほどかかるとすると、午前5時半か。すると、そこから293km地点海中道路入り口のCPまでの43kmに残された時間は6時間半か。厳しい。思いのほか厳しい。辺野古にはあと1時間は早く到着したい。その1時間を東村までの50kmで削りだせるか。頭の中でいろいろシミュレーションしてみるも、脳のコンピュータは黄色信号を灯している。しかも、赤みのかかった黄色だ。山道に加え、2日目の夜という睡魔の巣窟と対峙しなくてはならない。長く険しい辺野古までの道のりに僕は足を踏み入れた。


つづく


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  1. 2016/11/27(日) 10:10:00|
  2. 歌うアスリート

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