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音楽CATSUどう?

CATSUのブログです。暇つぶしのお役に立てれば・・・。ライブ情報なんかもこちらから発信しますので、たまにチェックを

第14回川の道フットレース日本横断ステージ520km 完走予定記念ライブ(仮)

まだ先の話ですが、昨年に引き続き、ゴールデンウィークは葛西臨海公園から、新潟市のホンマ健康ランドまで520km旅してきます。走って。昨年は初参加だったのですが、無事完走でき、半年後の11月には、完走記念ライブも行うことができました。せっかく今年も川の道フットレースに参加するのだから、完走記念(予定)ライブもやってしまおう!ということで、会場とメンバーを押さえました。11月3日(土)昼・夜2回、代々木の森、リブロホールです。チラシができたらまた報告します。

川の道フットレースとはなんぞや、というかたが大半だと思いますので、ここにパンフレットを載せてみます。






7月には第56回パリ祭も行われます。無事、今年も呼んでいただきました。詳細はまだ聞いていませんが、日程は以下の通りです。

7月
7日(土)・8日(日) 東京パリ祭(@NHKホール)
11日(水) 小田原パリ祭
15日(日) 岡山パリ祭
16日(月・祝) せとだパリ祭
19日(木) 名古屋パリ祭
21日(土) 金沢パリ祭(昼・夜)

チケットの発売までまだ少し日にちがありますが、スケジュール押さえていただければ光栄です。

今年はどんなパリ祭になるのか?
僕も楽しみです。


CATSU
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  1. 2018/01/28(日) 13:52:10|
  2. 歌うアスリート

今夜はエビシャン!

昨日はあんなに勢いよく降った東京の雪でしたが、あっという間にほとんど融けてしまいましたね。雪国仕様のスノージョギングシューズで雪上ランを楽しみました。雪の中のあの静寂が好きです。都内の雪は長続きしないのが残念でなりません。

今夜は恵比寿のアートカフェでのエビシャンです。雪の心配も去りましたので、今夜はゆっくりシャンソンでも楽しんでいってくださいませ。

18時オープン、19時30分スタート。
4,000円ワンドリンク付です。






CATSU
  1. 2018/01/23(火) 13:47:10|
  2. 未分類

第4回沖縄サバイバルラン400km 回想記 結

今日は18時から内幸町ホールで、ニューイヤーコンサートに出演してまいります。昼からリハーサルなので、とりあえず今から気合を入れに河川敷を走って来ます。23日(火)は19時30分~、恵比寿のアートカフェ・フレンズにて、恵比寿でシャンソン、エビシャンがありますのでよろしければ。

では、回想記。今回で終わります。


小波蔵の交差点から喜屋武岬まで、看板では3kmとなっているが実際にはもう少し長い。さらに道が暗く入り組んでいるので、なかなかすんなり往復するのは難しい。プラスアルファの余裕を持って喜屋武岬には行くようにしたいものだ。小波蔵の交差点を通過したのが20時40分頃。残り21kmで3時間以上貯金ができていた。途中、前を走っていたUさんとすれ違う。喜屋武岬の灯台の光が、眩いばかりに目には飛び込んでくるものの、なかなか近づいてこない。道が間違っているんじゃないか。せっかく作った貯金をロス島ってしているんじゃないかという不安が焦りとなる。真っ暗な闇の中を、ただその光を頼りに走っていく。大海原を漂流者している気分だ。やっとの思いで喜屋武岬にたどり着く。21時を少し回ったところ。あとはもうゴールまではほぼまっすぐ辿るだけだ。時速6~6,5kmぐらいをキープできればサブ60hが達成できる。ここで確信に変わった。最後は少し余裕を持って、ウィニングランの気持ちでいける。小波蔵の交差点を左折して、1kmほどで国道331号線に合流する。ここからは歩道の広い走りやすい区間だ。途中、大橋の歩道の入り口が分かりづらい所がある。橋の真下、道路の中央にある。左側の歩道を走り続けていると通り過ぎてしまうので要注意だ。こんな感じで橋のアップダウンがいくつかあるが他は比較的走りやすい。残り約7km地点の道の駅豊里にも例年最後のエイドポイントが出ている。この日も0時近くだったにも関わらずSさんが出迎えてくれた。手厚いサポートに対する感謝を告げて、とうとう沖縄サバイバル400km最終局面へ。ここまで数10時間旅路を共にしてきたお猿のSさんと、今回の旅を振り返る。そこまで暑くなかったのがよかったとか、序盤に無理しなかったのがよかったとか、食べ続けることができたのがよかったとか、大きなことから小さなことまで、さまざまな局面が走馬灯のようによみがえってくる。いやいや、走馬灯じゃない、死なないんだ。サバイバルを無事に生き抜いたんだ!たくさんあったはずの困難も、すべて水に流して、すがすがしい気持ちで最後の数kmを進む。不思議と今回は涙は出てこなかった。それはSさんも同じようだった。過去2回と比べたら楽にこられたからだろうか?経験値のおかげでトラブルも未然に防げたし、しなくてもいい苦労はしなくて済んだのも確かだ。だからと言って、12時間近くも早く完走できそうだというのに、嬉し涙もでないというのはどういったことだろう。1つ上のレベルに到達したということだろうか?更なる達成感を得るためには、さらなる過酷なレースに出なくてはいけないということだろうか?こうやって、中毒症状はどんどん進行していくのだろう。周りを見回しても、そんなことばっかりしている人たちだらけだ。Sさん含め。59時間55分で4位でフィニッシュ。優勝、3連覇を大会新記録で飾ったMさん、川の道レジェンドのUさん、そしてお猿のSさんに続いて。上出来すぎる結果だ。これで来年のシード権もゲットできた。やっと終わったというのに、早くも来年戻ってくることを考えている自分には呆れてものも言えない。支えていただいたスタッフの皆さんへの感謝、一緒に走ったランナーの皆さんに敬意を表し、今回の回想記の結びとしようと思う。



沖サバ完走証2017

汗と涙の完走証&次回出場権切符。
早くももう10か月後ですね。笑


CATSU
  1. 2018/01/19(金) 08:23:15|
  2. 歌うアスリート

第4回沖縄サバイバルラン400km 回想記⑬

佐敷のローソンCP330km地点の通過は14時42分。毎年エイド要員で参加してくださっている、地元のSさん親娘に栄養と元気をいただく。先にエイドに到着していたSさんと一緒に出発。時刻は15時前。日没までにどこまで進めるだろうか。昨年は、ここで1時間ほど仮眠して、出発したのは日付も変わって午前1時だったことを思い出す。こんな明るい中、ここを通過するのは初めてだったので、またテンションが上がってきた。残り9時間で60km強。平均時速7kmぐらいまで上げる必要がある。にもかかわらず、海中道路からここまで、平均時速6kmを割り込んだままだった。やはり目標の60時間切りには届かないんじゃないか。黄色信号が灯る。気持ちとは裏腹に、ペースが上がらないどころか、またしても睡魔が襲ってくる。襲撃の間隔がだいぶ短くなってきた気がする。50時間以上も走り続けていれば当然のことだ。Sさんとも、61時間でも62時間でもいいから、とにかく完走を目指して、淡々と進むことにしようということになった。知念岬の少し手前に、一昨年お世話になったバス停があったのを思い出す。そこでまた少し寝よう。あのカーブを曲がったらすぐだ、と思ったら、そこではなく、次のあのカーブ、というのも違い、目当てのバス停は大分先にあった。いつの間にかSさんをかなり後ろに置き去りにしていた。5分後にタイマーをセットして、横になった。起きてみると、ちょうどSさんが通りかかる。なんとまあナイスタイミング。ここから平和祈念公園まで約20kmのアップダウン区間が続く。最後の正念場だ。斎場御嶽をぐるっと回るように登り、知念岬に到着した。時刻は16時30分ぐらいだっただろうか。いつもは目にすることのない、観光客の多さに驚いた。余裕のSさんは岬の先端まで行って記念撮影をしてくるという。僕は沖縄そば屋に入って、ソーキそばとオリオンを補給して、Sさんの戻りを待ちつつ、座りながらうとうと。Sさんも戻ってきてソーキそばを注文。正念場に向けて、準備も整った。30分ぐらい滞在しただろうか。時刻は17時を回り、残り7時間弱で50km弱。60時間切りへの黄色信号がより赤みを帯びてきていた。しかし、しっかり補給ができたからか、残りの距離が少なくなってきたことの精神的余裕からなのか、気持ちも体も楽になり、ここから一気にペースアップすることができた。ほとんどノンストップで、登りは歩き、平坦と下りをしっかりいいリズムで走れるようになった。この辺りで、平均時速8~9kmぐらいまで上げることができて、急にまた60時間切りが狙える位置にまで回復してきた。国道331号線の距離表示は、奥武山公園までとなっているので、その数字に、途中わき道にそれる、喜屋武岬までの往復を足せば、残りの距離をだいたい把握することができる。順調に飛ばしていたものの、さすがに2時間も走り続けるとタンクも空になってしまう。那覇マラソンでも通る、八重瀬のローソンでカップ焼きそばを補給。時間との闘いになってきたので、ここは座らずに、歩き食い作戦に。ちょうど登りが約2km続くところなのでこの作戦はまさに一石二鳥だった。しっかり食べてしっかり歩いて、坂を登りきるころには、もう早く走りだしたくてうずうずしていた。頂上の仲座の交差点を左折すると、平和祈念公園に向けて一気に下っていく。途中でKっぴさんたちの私設エイドが出ていたが、ついさっき食べたばかりだったので、飲み物だけ頂戴し、また軽快に走り去った。下って約4km先にファミマがあり、そこから1kmでひめゆりの塔、さらに1kmちょっとで左に分岐するポイントに達する。ファミマまであっという間に駆け下ってきたはいいものの、下ってきたのはどうやら僕のお腹も同じようだった。ファミマを過ぎてすぐに便意を催した。スタートしてからここまで、尿意だけだったので、60時間近くたって初めて訪れた便意だった。しかもファミマは数100m後ろに行ってしまった。戻るべきか進むべきか。ひめゆりの塔の方が近かったのでそちらのトイレにかけることにした。が、トイレは無情にも施錠されていて、絶体絶命のピンチに。もう、これまでか、と思った矢先に、100mほど先にカフェの看板が。やっててくれ~!!祈りながら近づいて行くと店内には灯りが。お店の方にお断りを入れて、事なきを得た。ギリギリ関門を通過した時のような嬉しさがこみ上げてきた。これが最後の試練だったのだろう。あとはこのままの勢いで最後まで突っ走ろう!




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明後日は18時~、内幸町ホールでシンシュンシャンションコンサートがあります。昨年、一昨年の内幸町シャンソンコンクールの受賞者たちが歌います。
ぜひ足を運んでくださいませ!
チケット用意します。

CATSU
  1. 2018/01/17(水) 13:21:38|
  2. 歌うアスリート

第4回沖縄サバイバルラン400km 回想記⑫

先週の日曜日、生まれて初めての肉離れというものを経験したような気がします。走っているときになったわけではなく、朝起きて、廊下を曲がるときにぐっと踏ん張ったら、ブチッという鈍い嫌な音がして、左足のふくらはぎに激痛が走りました。足をつくのも痛く、もしかしてこれが肉離れというものなんじゃないかっていう恐怖に怯えていました。調べてみると、全治数週間かかることもある、とでているじゃないですか。そんなの辛すぎる、と悲観的な気持ちになっていたら、午後には歩行再開。多少の痛みは残るものの、小走りができるほどに回復していました。そして翌日にはリハビリラン10kmもこなせました。これなら大丈夫、そう思えたのでした。それにしても焦りましたよ。まさか肉離れだなんて。おそらく、極々軽度のものだったのでしょう。数週間かかることもある、ということは、1日で治る例もある、っていうことなんでしょうね。救われました。しばらくはあんな経験はごめんです。

今夜15日(月)は四谷三丁目ウナ・カンツォーネに出演いたします。19:30~

では、回想記をどうぞ。


ここからゴールまでは約100km。関門さえ通過してしまえば、残り24時間、ほぼ歩いてでもゴールできる。過去の例を見ても、1件Uさんの特殊な事情があった以外は、全員ゴールしている。48時間以内に293kmたどり着ければ、400kmまではウィニングランということだ。昨年はここで力尽きて、3時間眠りこけた。起きてみると、そして誰もいなかった状態になって、一瞬、余裕かましすぎて間に合わないんじゃないかって焦りもした。さらに猛烈な股擦れ、尻擦れに苛め抜かれて、結果的には間一髪で滑り込んだ。残り100kmと言えど、やっぱり簡単にはゴールさせてもらえないのが沖サバなので、最後までどこかで気を引き締めていなくてはならない。1時間弱仮眠をして、食べるものを食べて旅支度を整える。ソーメンが美味しかった。8時過ぎに第3CPを出発する。Sさんも一緒に。目標を日付変更前の深夜0時に設定する。残り100kmで16時間。60時間切りに挑むことにした。またしても走りだせるまでに時間がかかったが、今度は比較的早くにランを再開できた。過去2年、ここを再出発するときは、痛くて痛くて、絶望的な状況だったのに比べると、今年はほぼ普通に、傍から見ると決して普通じゃないと思うが、走れていたことが嬉しかった。まずは勝連半島を一周する。先端まで行って、右に曲がって登り終えると、こんな細い道を曲がるのかというところを左折する。一見、生活道路のようにも思えるが、道しるべも出ているので大丈夫だろう。この勝連半島の西側の景色が僕は好きだ。中城湾を挟んだ向こう側には、知念岬が見えていた。ここからまだ50kmほど、ぐるっと回っていかなくてはいけない。順調なのもやはりそうながくは続かなかった。勝連半島の出口あたりで急に足どりが重くなった。ハンガーノックを疑って、すぐ先のファミマでミートソースのパスタを食す。県道33号線川田の交差点の一つ手前を斜めに左折して、おきなわマラソンの会場である、県総合運動公園を目指す。途中、地元のランナーと数キロにわたって並走した。那覇マラソンの最終調整ということだったが、サバイバルの存在もご存知だったのが嬉しい。渡口の交差点を左折して、国道329号線に入る。この辺でまた小腹が減ってきたので、曲がってすぐ、反対側のファミマにて補給。ちょいちょい休憩をはさんでしまっているので、なかなか目標の時速6kmに乗っかってこない。また少し元気になって、ペースが上がる。日が照ってきたが、暑さはそれほど苦にならない。こまめに水分補給さえしていればいいのだから。それより厄介な睡魔が、また顔を出してくる。この辺りは、歩道が狭く、結構凸凹もあるので、何度もつまずきそうになる。例年は暗くなってから通過していたので、より神経を使わされていた。青看板に与那原までの距離が記されているので、その数字のカウントダウンをモチベーションにして走る。またしても睡魔に耐えられなくなったので、Sさんに先に行ってもらい、バス停で恒例の5分仮眠を行う。起きて再び走り出してしばらくすると、股ずれが酷くなってきていたことに気付く。暑さで汗をかき始めたのも影響したのだろう。ワセリンをこまめに塗りながら走る我慢の時間が続いた。やっと与那原の交差点を左折。ここから、佐敷のローソンCPまでは4kmほど。そこを目指す。その少し手前のドラッグストアで、股ずれ対策を施す。包帯を2つ、両足の腿の付け根あたりに巻いた。これがまた見事に功を奏し、嘘みたいに痛みが消えた。直前まで続いていた憂鬱が一気に吹っ飛んだ。これなら残り70kmも余裕で行けそうな幸せな気持ちになる。


CATSU
  1. 2018/01/15(月) 10:24:42|
  2. 歌うアスリート

第4回沖縄サバイバルラン400km 回想記⑪

12日(金) バルバラ(赤坂)
15日(月) ウナ・カンツォーネ(四谷三丁目)
19日(金) 内幸町アワード(内幸町ホール)
23日(火) 恵比寿deシャンソン(アートカフェ・フレンズ、恵比寿)
を予定しております。お時間、ご興味ございましたらぜひ。

では回想記続きです。



それにしても進まない。負のスパイラルが延々と続く。誰かが僕のことをスローモーションで再生してるんじゃないかってぐらい、全然進まない時間が続いた。3時間でどれぐらい進んだだろうか ?おそらく10kmちょっとぐらいだったと思う。フル1本が果てしなく遠い。そういう時に、見えないゴールを夢見ても仕方ない。あの電柱まで、あの信号まで。目の前に見えるものを目標に走るほかはない。それが積み重なれば、いつか、必ず辿りつけるのだから。ようやく金武町の海岸線にまででてきた。暗くて見えないが、第3CPの海中道路入り口293km地点も、この海の向こうに見えているはずだ。そう自分に言い聞かせてなんとか気持ちを切り替えようとするものの、執拗な睡魔の攻撃の前に、どうしても負けそうになる。もう一度バス停で5分横になるが改善されず。その後Sさんのペースについていけなくなり、しばらく単独走の時間が続いた。石川の市街地に入る分かれ道の手前でまたSさんと合流する。残り15kmほどだろうか。ここからはさすが市街地だけあって、信号が頻繁にあるので、関門ぎりぎりの時はその落とし穴には注意するようにしたい。実際、第3CPを数分の差で通過できなかったランナーも過去に何人もいるので。東恩納(南)の交差点を左折するまで、嫌がらせのような坂が延々と続く。1kmぐらいかややそれ以上か。毎年記憶に残る、なんとも忌々しい坂の1つだ。ここを曲がったらあと2時間ぐらいで着くはずだ。が、今度はハンガーノックが襲ってきた。ファミマ具志川昆布店で、ラーメンを補給、ついでに少し横になる。残り10kmは切っている。また走る力が湧いてきた。昨年、曲がり損ねた安慶名の交差点を、今年はちゃんと左折した。時間に余裕があるときには、多分間違えることもないんだろうけど、焦っているときというのは、そういう思わぬヘマをしでかすものだと改めて思った。残り7kmちょっと。時刻はいつのまにか6時近くになっていた。再び、海沿いに出てからの5kmの直線がまた長く感じる。空が少しずつ白み始めて行く。この旅、2回目の夜明けだ。ローソンまできたらあと2,5km。あと一息。そしてついに第3CP海中道路西口293km地点に到着した。午前6時52分。例年より5時間ほど早く。


CATSU
  1. 2018/01/10(水) 07:57:03|
  2. 歌うアスリート

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