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CATSUのブログです。暇つぶしのお役に立てれば・・・。ライブ情報なんかもこちらから発信しますので、たまにチェックを

第4回沖縄サバイバルラン400km 回想記⑩

希望的予測タイムから30分ほど遅れてしまった。ラスト10kmほとんど満足に走れなかったのが響いた。無性にインスタントの焼きそばが食べたくなったので、大盛り焼きそばを食す。予定通り少し長めの休憩を取る。段ボールのベッドで、イマージャンシーシートにくるまり、目を閉じる。少しでも動くと隙間風が入ってきて寒い。おまけに、蚊の襲撃を受けた。あの超高音が眠りを邪魔してくる。すぐに寝落ちできるかと思っていたが、結局約30分、ただうとうとしてるだけで終わってしまった。本当は2時間でも3時間でも寝れるまで滞在したかったが、ここで根をおろしてしまったら、再出発がかなり難しくなることが予想されたので、予定通り23時頃、辺野古ローソンを後にすることにした。が、すでに体はもうがちがちに固まっていて、歩くのもままらない状態に陥っていた。一方のSさんはすっきりして足も軽くなったと、僕とは対照的な結果に。走り出せるまで1kmぐらいかかったが、次の目的地、海中道路入口293km地点までは残りフル1本だ。目標は7時間だが、体の状態を考えると、あまり高望みはできなさそうなのは明らかだった。来年もまた出ることになったら、ここからの42kmをいかに走れるようにもっていくか、その辺の対策をしたいと思っている。
 進まない。母として、いや遅々として進まない。そんなボケる余裕など全くないほど進まない。Sさんの足を引っ張ってしまっているとは自覚しつつも、体が言うことを聞いてくれない。お腹も満たされたはずなのに、なぜだろう?少し長いこと横になったせいでもしかしたら張りつめていた緊張の糸が緩んでしまったのかもしれない。そうなると、途端にまた睡魔が襲ってくる。あいつらは、こっちが隙を見せると見事なまでにそこにつけこんでくるから本当に厄介だ。とはいえ、生理現象ゆえに、うまく付き合っていかなくてはいけない。少しばかり悪あがきをしてみようと試みたが、こういう時に勝てる相手ではない。Sさんにお願いして、道の駅ぎのざのベンチでまた5分、いや、この時は10分だったかな、横になることにした。起きると例によってすこしはすっきりした。また走りだす。倦怠感はふんだんに残っているものの、先を考えるととにかく進んでおくしかない。今思い出しても、この辺りが一番辛かった。走っていても歩いていても、もう止まって横になることしか考えられなくなっていた。さっき休んだばかりなのに、と分かっていながらも、体はもう休むことを要求してやまない。いろんなことを試してみるが、解決策は寝ること以外にない気がした。でも、ここで寝るわけにはいかない。進まねば…。過去2年は、宜野座から金武あたりで夜明けを迎えたが、今回はまだ深夜帯だ。朝日パワーを借りて睡魔を撃退するには、まだ時間があり過ぎる。Sさんが金武のファミマで補給をする。胃腸も動いているようだ。背中に国頭のファミマで買ったおにぎりが、未だ食べられずに残っていたことを思いだし、僕は歩いて先に進むことにした。って、一体いつのおにぎりだよ!あそこは140km地点ぐらいだから、ざっと120kmぐらい昔のおにぎりであることだけは確かだ。もしかしたら、傷んでいるんじゃないか?食べない方がいいんじゃないか?食べてお腹をやられたらどうするんだ?いろいろな思いが駆け巡る。が、すぐさま睡魔がその思考回路を遮断しにかかる。食べちゃえ!食べちゃえ!だめだ、やめとけ!頭の中で天使と悪魔が格闘する。僕は黙って天使の方のアドバイスに従うことにした。美味い!特に酸っぱいような味もなく、普通に食べられた。やっぱりおにぎりは梅に限る。あとはうまいことエネルギーに変換されることを願うばかりだ。

CATSU
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  1. 2017/12/30(土) 18:18:55|
  2. 歌うアスリート

第4回沖縄サバイバルラン400km 回想記⑨

2017年ももうあとわずかです。
それではサバイバルの完走記の続きを。



2kmほど海岸に沿って平坦な道が続くが、それが終わると、一気に急な長い登りが始まる。一昨年、初めての時はここからの登りで1度リタイアを口にしかけた。昨年はG園長先生と、戦意喪失したNさんを回収したのもこの辺りだ。2回とも、もう完全に夜で、精神状態を反映して、まさにお先真っ暗なエリアだったが、今年は違った。まだ日没前で、微かというには明るすぎるほどの希望の光に満ち溢れていた。このまま辺野古まで淡々と行けるんじゃないか。かつて経験したことのない状況に、どこかでは用心しつつも、確実に心は躍っていた。でもこういったときこそ、思わぬ落とし穴が待ち構えていることは経験済みだ。はやる気持ちを抑えつつ、登りはしっかり歩き、平坦と下りを走る、そのリズムをしっかりキープすることを心掛けた。もう220km以上走ってきていることが嘘のように、走りのペースは軽やかだった。快調に気持ちよく走っている僕の背後に、突如、不穏な気配を感じた。いるはずもないが、熊か!?と思って振り向くと、猿だった。Sさんだった。追いつかれるはずないペースで走っていたと思っていたので、これにはかなりびっくりした。再び2人で、今度は辺野古を目指す旅が始まった。基本的には登っては下って、が交互にやってくるのだが。240km手前、カヌチャゴルフコースのアップダウンを終えると、久志の集落からは数キロの平坦なエリアが続く。国道331号線から国道329号線へと左折する直前の長い登りのトンネルに続く橋のたもとまで。比較的楽なエリアであるはずなのに、なぜか体が急に動かなくなった。睡魔も同時に襲ってくる。道端で足を上げて、Sさんと2人、5分ほど横になる。起きてからも遅々として、ペースは上がらなかったが、とにかく辺野古のローソンまでは何としても早くたどり着きたいという気持ちだけが膨らんでゆく。いま思えば軽いハンガーノックだったんじゃないかと。集落の出口あたりで、リタイア組有志による移動エイドに遭遇。パンとコーラを補給させてもらった。毎回思うが、リタイア後もこうしてランナーを支えてくれる存在はなんとも嬉しいものである。彼らの無念を晴らすためにも、やっぱり最後まで辿り着かなくてはいけないのだ。そうだ、がんばれ!走るエロス!久志の集落を抜けてからが、個人的には忍耐の区間だ。辺野古のローソンまで、近そうで遠い。まどろっこしい時間が過ぎていく。ようやく左前方に、二見バイパスのトンネルにつながる橋が見えてくる。トンネルを登り切って、4km。この4kmがとてつもなく長く感じる。元気なときなら知らぬ間に過ぎる距離だが、この時はそうとう精神的に弱っていたのだろう。辺野古のローソンで少し長めの休憩を取ることをSさんと相談して決めていたこともあり、待ち遠しくて待ち遠しくて仕方がなかったのも一因かと思われる。クリスマス前の小学生のような心境だった。このレース中、過度の期待は精神安定上あまり好ましくないと思った。なるべく平常心で、感情に流されないように淡々としているのが一番の策である気がした。区下り坂であることが唯一の救いだ。2,5kmほど行って、大きく右に曲がって1,5km。辺野古の基地の前は、昼であればにぎわっているんだろうけど、毎回夜なので、ひっそりとしている。もう1度長い登りを越えたらようやくローソンエイドCP、250km地点だ。22時少し前に到着した。


CATSU
  1. 2017/12/29(金) 19:00:57|
  2. 歌うアスリート

パーカッショニストあるある

最近、カホンやる人増えたなーって思ってたら、

UBER EATSだったこと。



CATSU
  1. 2017/12/24(日) 14:49:51|
  2. どうでもいいこと

第4回沖縄サバイバルラン400km 回想記⑧

平坦な区間も長続きするはずもなく、しばらくしてまたアップダウンが再開するが、そのうち、む~らん(夢蘭)というカフェのお手製の青看板が5km手前から500m毎にカウントダウンしてくれるのが嬉しい。このあたり、高江のヘリパッドがあるあたりなので、多少緊張する場所を通ったりもする。あんまりお腹も減っていなかったので、む~らんには寄らず、その先の高江の共同売店で軽く補給。Oさん、Sさん、僕と立て続けにランナーが立ち寄ったので、売店のおばちゃんが何かの大会なのかと尋ねてきた。那覇からスターとして、本島を1周、400kmのマラソン大会のこの辺が205km地点ですよ、と説明するものの、半分口が開いたまま、事態が呑み込めていないのは明らかだった。過去2回は、日が沈んでからだったので、売店が開いている時間に通過できるのはとても新鮮だった。日没までにどこまで行けるか、そう考えると、どこからかまた力が湧いてきた。途中でまた5分ほど横になって、Sさんに置いていかれるものの、また走れるようになってSさんに追いつく。距離ポストが40kmを越えてくると、1km、1km、50kmに近づいて行くのが待ち遠しかった。サンライズひがしの少し手前で、いったんちょっとした市街地が広がり、もう着いたかなと勘違いするポイントがあるが、ここからさらにもう1回アップダウンがあるので、早とちりしないようにしたい。距離ポストのほぼ50km地点が正解なので、それを目標に。17時頃到着。昨年は11時ぐらいだったかな?もう真っ暗で、散々雨に打たれ続けた後で、気力も体力も完全に削がれていた時だったので、このエイドがオアシスのように感じられたし、もう再び動き出したくないという弱気な気持ちにも襲われたのを思い出す。次の目的地、辺野古のローソンまでは31km、そこから海中道路入り口まではさらにフルマラソン1本分。計73kmも残っている。辺野古まではもう1回山道エリアを通過しなくてはいけないし、それを考えると、13時間はセーフティーリードとは言えなかった。本当に、昨年は関門到着を諦める1歩手前だった。それがどうだろう、今年は6時間近く早く到着した。足もまだ残っているし、時折猛烈な睡魔も襲ってくるものの、5分睡眠で、なんとかその都度撃退することにも成功している。このままのペースで行けば、辺野古までの31kmも、5時間かからずに行けそうな気もした。エイドでは、紙コップ入りのパスタを補給。美味い!おにぎりもありがたいのはもちろんだが、たまに、こういう変化があるのはなお嬉しい。そこまで考えて調理、準備してくださるスタッフの皆さん。完走という形で応える他はない。過去2年とは比べ物にならない、ぶっちぎりの時間で完走してやろうではないか。僕の両脇の擦れがひどかったので、応急処置をしてもらおうと少しいろいろ試みたが、抜本的な痛み解消には、脇を擦らないように腕ふりをする以外にないような気がしたので、諦めて出発することにした。Sさんがまだ出られそうになかったので、1人旅。ナイトランの準備をして、山越えに挑む。
  1. 2017/12/22(金) 20:09:44|
  2. 歌うアスリート

第4回沖縄サバイバルラン400km 回想記⑦

金曜日のシャンソネットライブ、土曜日のラミノアライブ、モミュライブ、お越しいただきましたみなさん、どうもありがとうございました。
明後日、20日(水)は、蛙たち、27日(水)はウナ・カンツォーネに出演し、翌28日は昨年同様、ツバイダーマン、ツバ吉さんたちと、山手線一周仮装お掃除ランに参加いたします。カトルス星人が、ゴミを拾いつつ走ります。では回想記その7をどうぞ



アラームよりも先に目が覚めた。起きる時のこの憂鬱な感じは仕方ないが、走り出すと、明らかに眠気が軽減されていることに気付く。辺戸岬までの西側の海岸線とは違った絶景が、この東海岸には広がっている。当然ながらそれを楽しむ余裕もそれほどない。ただ、淡々と、体が壊れないように、各部位と対話をしながら進むだけだ。50kmのうちの7kmを過ぎたあたりに、楚洲の共同売店がある。ここでコーラを補給。その先の橋にSさんの姿を発見。少しだけペースを上げて追いかける。50kmの始まりの時に、はるか遠くに見えた風力発電の巨大なプロペラがいつの間にか目の前に迫ってきている。昨年はこの風車の前で、今回はランナーと参加したNo.29のO前さんがエイドを出してくれていたのを思い出す。前を走るSさんとの距離はゆっくりとしか縮まらないが、時間の流れがゆっくりで単調な現在は、それがちょうどいい暇つぶしになる。登りは歩いて、下りと平坦は走る。それはSさんも同じだ。楚洲の売店の次にある補給ポイントは、アダ・ガーデンホテル沖縄の自販機のみだ。ここでもコーラを購入。この自販機は少し登り始めた右側にあるが、その先2km近く登りが続くことになる。右に左にカーブしながら、延々と、延々と続く登りだ。全体を通しても5本の指に入るぐらいの登りではないだろうか。渇きや飢えに少しでも不安があるなら、この登りの前に、水分、糖分をここで補給することを強くお勧めしたい。この長い長い登りも、県道2号線との分岐あたりで終わる。そこからは、安波の集落まで、長い下りが続くことになる。24時間が経過した時点で、手元の計算で187kmぐらいだった。辺戸岬からの3時間半で25kmほど進んだことになる。20kmは進みたいと思っていたから、上出来すぎるだろう。安波の共同売店CP(193km地点)の到着は0時42分。No.39のOさんが先に到着して休んでいた。さすがに胃腸にもダメージが蓄積してきていて、食欲は全然湧いてこない。それでも食べないと進めないのは分かっているから、押し込むように、流し込むように、エネルギー源を補給する。午後1時前に、楚洲売店を後にする。昨年は6時ごろ、もう真っ暗な中の再スタートだったから、5時間以上のアドバンテージを確保していることになる。集落の中は平坦だが、その終わりから、急な登りが始まる。これまた先ほどの登りと同レベルの、かなりやっかいな部類のやつだ。やはり2km程度あるんじゃないだろうか。走りたい気持ちを抑えながら、早歩きで登る。この長い登りが終わると急に視界が開けて、しばらく走れる区間が続く。左側に自販機も登場するが、補給して間もないので、毎回素通りする。今回も然りだ。この辺りで、県道70号線の距離ポストの30km地点、つまり200km地点を迎える。やっと半分か・・・。確か午後2時前後の通過だったと思う。220km地点のサンライズひがしのエイドまで約20km。どうやら日没までに着きそうだ。


CATSU
  1. 2017/12/18(月) 16:36:03|
  2. 歌うアスリート

第4回沖縄サバイバルラン400km 回想記⑥

カップラーメンその他を補給して、なるべく長居をしないように辺戸岬を後にした。滞在時間20分弱ぐらいだっただろうか。今までで最短だ。8時半前にはリスタートしていた。12時まで3時間半ほどの貯金ができた計算だ。この3時間半でどれだけ進めるか。後半戦を楽に展開するために頑張ってみることにした。一人でヤンバルの山道に挑む覚悟で再出発したら、お猿のSさんがすぐ後からついてきたので、再合流して一緒に行くことにした。まず目指すは、奥の集落。170km地点だ。辺戸岬からは8km。最初の3~4kmが登りで、そこからは奥まではずっと下りっぱなしだ。サバイバルがスタートしてからの、初めての本格的な下りだ。一昨年は、この長い長い下りで少し調子に乗ってしまい、左膝を壊した。元気な状態なら何でもないのかもしれないが、夜通し160km以上走ってきた体には、相当に堪えるものだということを学んだ、下りこそ慎重に進む。奥の共同売店で、氷と水を補給する。まだ10時前で、暑さはそれほどでもない。このまま気温が上がらないかもしれない。でもいったん気温が上がってしまうと、一気に灼熱地獄へと様変わりする。そうなってもいいように僕なりの準備を施す。ここまで使ってこなかった、ハイドレーションバッグを氷と水で満たし、専用の保冷バッグに入れる。一気に重さが増したが、暑さと渇きを我慢するぐらいなら、この苦労を選びたい。結論から言うと、晴れはしたが気温もそこまでは上がらず、この装備は不要だった。これを持ってこなければ、リュックももっとコンパクトにまとめることはできた。このように、無駄になるかもしれないことを前提にいくつか保険を用意しなくてはいけないのがこの沖サバであり、でもお金で解決できることはなるべくお金で解決するようにして、装備を極力軽くするよう努めることが賢明である。だからといってそのお店が休みかもしれなかったり、たまたま売り切れがあったりするかもしれないということもどこかで想定していなくてはいけない。考えだしたらきりがないのだ。不安を一掃することなんて不可能に近いと思う。こうなったら、せっかく沖縄を走るんだから、「なんくるないさ(なんとかなるさ)」精神で腹をくくるしかないのかもしれない。それがいいと思う。奥を再出発したのが、午前9時40分頃。ここが国道58号線の北端であり、県道70号線の始まりだ。すぐに、東村50km、の青看板がある。つまりここから50kmはアップダウンが続くことを意味する。果てしない、ヤンバルの山道の本当の入り口だ。いきなり1kmちょっとのきつい登りの洗礼を受ける。基本戦略としては、登りは歩き、平坦、下りをしっかり走る。これができていれば平均時速6~7kmは稼げる。最初の登りが終わると、しばらくは走れる区間が続く。先を急ぎたいところだったが、再び睡魔に襲われる。5分だけ、作戦を実行する。Sさんには先に行ってもらい、路肩の側溝の向こう側に横になる。眠くて意識はおぼつかなくても、一応、車と、ハブの襲来のなさそうな場所は選んでいるつもりだ。


CATSU
  1. 2017/12/14(木) 22:28:43|
  2. 歌うアスリート

シャンソネットライブ@ラマンダ(自由が丘)

明日12月15日(金)
シャンソネットライブ@ラマンダに出演します。
13時開場の13時30分開演の3ステージ。
いぶし銀ミュージシャンの皆さんの演奏でバンド形式でお送りします。明日は激しく攻めようと思ってます。笑
もしよろしければ。ジャッキー・雄太郎も共演いたします。

翌16日(土)は、
昼・夜ライブです。
昼はこちら

171216 lami noix

夜は、カフェ・ド・モミュ(渋谷)でございます。
マスター兼ベースの徹さんのナポリタンを食べたい方、開演30分前、19時30分までには来場、注文していただけるようお願いします。

カフェ・ド・モミュ(渋谷区渋谷1-9-4)
20時~

CATSU
  1. 2017/12/14(木) 19:07:42|
  2. ライブ情報

第4回沖縄サバイバルラン400km 回想記⑤

次の目標は、沖縄最北端のコンビニ、国頭のファミマだ。その少し手前にローソンもある。ここまでくれば残り20kmほど。ハーフ1本。睡魔以外は痛みもそれほどない。まだまだ十分戦える状態だ。一方、Sさんは数時間前からほとんど固形物が喉を通らなくなってしまい、手前のコンビニで補給したエナジードリンクも裏目に出て、国頭のファミマで嘔吐する始末。2年ぶりのリベンジに黄色信号が灯る。一昨年は美ら海を過ぎたあたりで同じように嘔吐して、数km歩いて結局リタイアしてしまったのだ。悪夢再来か・・・。明け方の静寂を切り裂くように、悶絶の声がこだまする。とりあえず僕はお米を補給しながらSさんの様子を見る。しばらく休んでいくのかと思いきや、吐いてすっきりしたのか、すぐにレース再開。すこしばかり長居してしまったが、辺戸岬到着8時予定は十分射程圏内だ。走り出してすぐに、雨がぱらついてきた。またたくまに本降りになり、一気に濡れた。薄手の長そでを1枚着たが、やばい、寒い。これ以上の防寒着を持ってこなかったのはちょっと誤算だった。やはり日が出ていないとき、風があるとき、雨があるとき、汗をかいたあとなどは結構体温を奪われてしまう。走れているうちはなんとか寒さにも打ち勝てるけど止まったら大変だ。さっきのファミマでレインコートを買えばよかった。今からでも会に戻ろうか、と少し悩んだ。そんなに長時間は降り続かないだろうという読みと、最悪バス停かどこかで雨宿りしながら、イマージャンシーシートで暖を取れば何とかなるだろうと判断し、戻るのはやめて進むことに。幸い、雨は10分程度で止んだ。が、一難去ってまた一難。安心したからなのか、睡魔が再び襲ってきた。いろいろやってみたがなかなか簡単には消えてくれそうになかったので、Sさんとは別れ、バス停で5分間ほど横になることに。ほんの一瞬だっただろうが、意識を飛ばすことに成功した。何時間か眠ったかのように意識がはっきり蘇る。再び気持ちを新たに、辺戸岬を目指す。8時前に到着するのは難しくなったが、これ以上遅れなければそんなにオーバーしなくて済みそうだ。もうすっかり夜も開けて、風のせいで荒々しいが、きれいな海を左手に見ながら進んでいく。辺戸岬までのラスト42kmは多少のアップダウンはあるが、それでも穏やかなので走りやすい。登りという登りは3~4km手前の最後のトンネルからぐらいなものだろう。あとは青看板の距離表示で、残り12kmが2回出てくることには注意したい。数百メートル進んだはずなのに、同じ距離表示が出てくるのだ。こんなに走ったのに何で減ってないんだ!?と多少なりとも精神的ダメージを受けるだろう。関門との時間と格闘しているならなおさらだ。だいぶ先の方を走っていたはずの6番Tさんに追いつく。Tさんも胃腸をやられて戻したりしていたそうだ。連続完走にむけて、Tさんもそう簡単にはやめられないのだろう。安否確認、エール交換をして、先にいく。辺戸岬までも10kmを切った。まだ、たったの162km地点ではあるものの、そこにもう少しで到着と思うと、自然とテンションがあがる。ラストスパートでもしたくなるような衝動を抑えるのも楽ではない。あくまでも辺戸岬は通過点に過ぎないということを自分に言い聞かせる。辺戸岬を越えてから、さらに酷い睡魔と、各部の痛み、延々と続くアップダウンと闘わなくちゃいけないのだ。それに暑さが舞い戻ってこないという保証もない。最後のトンネルは1kmぐらいあるのだろうか。途中でまがっているので、なかなか出口の光が見えてこなくてイライラする。もしかしてぐるぐる回っているんじゃないかって思いたくなるぐらいだ。北国小学校を右手に通過し、最後の登りを登りきる。青看板の交差点を左折したら辺戸岬までは残り1km。直前に、前を走る39番のOさんとすれ違う。初出場でこのタイムはすごい。エール交換をして、僕はついに辺戸岬に到着。8時を7分過ぎただけだった。お猿のSさん、そしてP村さんがいた。僕は5番手の到着ということになる。
  1. 2017/12/07(木) 17:29:35|
  2. 歌うアスリート

第4回沖縄サバイバルラン400km 回想記④

1日のシャンソネットスペシャル、2日のベッラマッティーナ田尻企画、3日の小田原ビストロ・ローヤルでのサロンコンサートと続きました。お越しいただきました皆さま、どうもありがとうございました。今年も残すところ1か月弱。まだいくつかライブ等ありますので追って連絡いたします。それでは回想記の続きをどうぞ。




しばらく3人での集団走が続いた。美ら海水族館を越えると100km地点ももうすぐだ。この辺りは、通称電照菊エリアと呼ばれている。真っ暗闇の中に煌々と輝く電球の数々。何とも言えない幻想的な雰囲気がそこには漂っている。黄色っぽい普通の白熱球の他、赤い電球エリアもあったりして、こっちは少しホラーの要素があって怖い。1人で通過する際には、しっかりと心の準備をしておいたほうがいいかもしれない。今回の100km通過は手元の計測で11時間半前後だった。12時間を切れるとは思っていなかったので心にも余裕が生まれる。天底エイド(ローソン今帰仁店)が107km地点ということになっているが、2kmほど遠い気がした。天底エイドの手前で、前を走る104番のP村さんに追いついた。天底エイドの先は、58号線に再合流してからのファミマまで、10kmちょっとコンビニはない。羽地内海にそって真っ暗な単調な道が続く。数km手前から左前方に58号線の橋のオレンジの光が見えてくる。あそこまでいったら、辺戸岬までフルマラソン1本。どれぐらいの余裕を持ってたどり着けるだろう。関門ぎりぎりのゾーンのランナーだとしたら、7時間はみておきたい。僕は午前4時までには通過する予定だったが、実際には午前2時ごろ通過した。6時間でいければ、20時間で辺戸岬に到着できる計算だ。左折して58号線に再合流。本部半島に別れを告げる。橋のアップダウンを越えた所のファミマで軽く補給をしてすぐに出発。ここからは青看板で頻繁に辺戸岬までの距離が表示される。序盤に比べて数字の減るスピードはだいぶ遅くなってはいるが、着実に辺戸岬が近づいてきているという実感に力も湧いてくる。とりあえず10kmちょい先の大宜味の道の駅を目指して頑張ってみる。大宜味のCP通過は午前3時40分ごろ。残り30kmを4時間20分の計算だ。キロ9分でいけばいい。が、この辺りから猛烈な睡魔に襲われる。やはり来たか。睡魔は忘れたころにやって来る。大宜味のエイドで少し寝ようかとも思ったが、1,2分座ったまま目をつむっただけにして再び走りだす。余裕をもって2日目を走るためには辺戸岬の時点で、ある程度の貯金が欲しい。睡魔と闘いながら、頑張って進む。
  1. 2017/12/06(水) 13:25:46|
  2. 歌うアスリート

第4回沖縄サバイバルラン400km 回想記③

お知らせ

本日、2日(土)19:15~、新橋のベッラ・マッティーナにて田尻勝久さんと出演いたします。
ちらっと遊びに来てくださる方、お待ちしてます。MC5000円です。
以上


残波岬に向かう頃からは、信号も一気になくなるので、比較的淡々と走り続けることになる。次のチェックポイントは58km地点の安冨祖だ。約24km。今年は曇っていたので、例年より日没が、というか暗くなるのが早かった。夜明けまでの約12時間。ナイトラン劇場の開幕だ。装備としては、ヘッドライト1つと、テールランプ(赤く点滅するもの)1つは必須だ。それにいくつか反射材を身に付けたらいいと思う。テールランプをつけてないランナーも何人か見かけたが、後ろから接近する車にアピールするためにもやっぱりあったほうがいい。ヘッドライトみたいには電力を使わないので、3日間夜の間つけっぱなしにしても、電池交換は不要だろう。僕も交換はしなくて済んだ。140km地点の国頭のローソンまでは最低10kmに1つぐらいコンビニはあるので、補給にはそんなに神経質にならなくてもいい区間だ。安冨祖のローソンエイドでも、長居はせず、軽くつまんで先を急いだ。70km手前、許田ICのあたりは高速の下をくぐるので少し、道が分かりづらいかもしれない。さらに街灯がなく真っ暗なので、こっちでいいのだろうかと初めて不安になるポイントかもしれない。でもまあ一瞬のことなので、怯まないでいただきたい。70km地点の通過はちょうど20時ごろ。スタートして8時間後ぐらいだった。ずいぶんといい感じで来ている。良すぎるぐらいだ。ここから名護市内入り口まで約5km海岸沿いの道を進む。この道の途中で猿に追いつかれた。野生の猿ではない。34番のナンバーをつけた人間の猿だ。ここからゴールまで50時間、このSさんと旅を共にすることになるとは、思いもよらなかった。名護の某牛丼屋には僕だけが寄ったので、Sさんには先に行ってもらうことにした。そして今回初の試み、歩き豚丼。トッピングの温玉と、ガリ、七味もまぶして、準備万端。特にむせたりすることもなく、美味しくいただけた。おかげで1km近く稼げたのは嬉しい限りだ。歩きスマホが問題視される今日この頃ではあるが、そのうち歩き豚丼が条例等で禁止される日がくるかもしれない。そうなったらおとなしく腰を据えて食すその覚悟はできている。1つ先のコンビニでSさんがちょうど補給をしていた。僕も飲み物を補給して、再び一緒に走り出す。名護市内を抜けると、90km地点のローソンコンビニまでは真っ暗で物寂しい時間が続く。このあたりは自販機もまばらなので、暑かった昨年は、水確保に苦労したことを思い出す。今年は、全然そんなこともなく、500mlのペットボトルの減りも終始穏やかだった。Sさんと2人で、前を走るNo.23初出場のTさんに追いついたのがこの頃だ。我々2人が追いつきざまに声をかけると、ほっと安堵の表情を浮かべたTさん。こんな寂しい道で本当にあってるのかどうか不安になっていたところだったらしい。そりゃそうだ。夜の闇も深くなり始めるタイミングだし、あそこは沖サバ始まって最初の孤独感というか、寂寥感を感じるポイントかもしれない。
  1. 2017/12/02(土) 10:21:09|
  2. 歌うアスリート
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