音楽catsuどう?

catsuのブログです。暇つぶしのお役に立てれば・・・。ライブ情報なんかもこちらから発信しますので、たまにチェックを

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

半袖、半パン

今朝、ようやく再始動しました。
とりあえず、いつもの10キロ弱のコースへ。

恐る恐る、走り始めてみると、
おや、意外にいける。

多少、両膝と、両足裏に痛みはあるものの、
それは誤差の範囲と言えるぐらいのもの。

この感じだと、再来週のフルマラソンには間に合いそうなので一安心。

さらにその翌週には神宮外苑24時間マラソンがあるから、そっちを気合い入れて頑張りたいなと。
昨年は、全く無知のまま突っ込んでしまって、途中リタイアっていう、悔しい思いをしましたからね。ま、それまでしっかりリハビリランをしながら備えたいと思います。


灼熱の沖縄とは一変、都内はもう冬ですね。
こりゃ完璧に。
さすがに半袖半パンで家を出たら、200mで早速後悔でしたわ。
腹巻きをしてたので、体幹はどうにかなったものの、末端が寒い。手袋ないのはちと痛かったです。長袖なら、袖の中に手を引っ込める作戦も取れますが、さすがに半袖でそれをやったら単なる変態。
と、諦めかけていたら名案が!

二枚履きしてた靴下を脱いで、手にしたらいいんじゃないかと!

早速試してみる。

指が出ない窮屈感はあるものの、寒さはバッチリ。すれ違う人たちも、まさか僕が靴下を手にはめてるとは思わないはず。笑


とはいえ、次回から手袋着用を心に誓った僕でした。


夜は夜で15kmジョグ。

いい感じで回復中です。


Catsu
スポンサーサイト
  1. 2015/11/29(日) 21:33:20|
  2. 歌うアスリート

象さんの足 ※衝撃映像(笑)

朝からグロいものすみません!
(お食事中の方いらしたら、ほんとスミマセン。)

決して誰からも頼まれていませんが、
サバイバルランゴール翌日の
僕の足をお見せしましょう。
じゃーん!!

20151129074424170.jpg

象さんの足っていうより、むしろ沖縄風にずばり、
てびち!

って感じです。

途中何度も悲鳴を上げてましたが、
それでも最後まで頑張ってくれたこの足に感謝です。


靴を履こうと思ったら、
まったくもって入りませんでした。
サンダル持っててよかった~。

ギプスの上から靴を履くようなもんでした。

今はすっかり元通り。
血管が浮き出ております。笑


Catsu
  1. 2015/11/29(日) 21:20:38|
  2. 歌うアスリート

沖縄本島一周サバイバルラン2015 回想記 最終章

ゴールしても気が抜けないのがこのサバイバルランの
恐ろしいところ。
17時から反省会が待っているのだという。
ユースホステル内でシャワーを浴びて、
残ってる人たちと談笑をしていて気づいたら
時計の針はもうすでに13時30分を回っていた。
宿まで移動して、時間まで2時間はゆっくり
できるだろうか?
2時間寝られたとしても、そんな中途半端に寝て
ちゃんと起きられるのだろうか?
それとも朝まで死んだように眠ってしまうのだろうか?

ランナーはもちろん、スタッフ、サポーターの
皆さんも相当お疲れのはずだから、
いざ顔を出してみたら自分しかいなかったらどうしよう。

様々な憶測が飛び交う中、少しでも休めるなら
休んでおくのに越したことはないと、
2時間ほど眠りに落ちた。
久しぶりのベッドだ。
丸太のように眠った。

目が覚めると、意識はすっきりしたものの、
相変わらず、要介護状態の足の不自由さは変わっていなかった。
反省会の会場が宿とは目と鼻の先にあったのはラッキーだった。
でも、お店が2階で、階段しかなかったのはアンラッキーだった。

中に入ると、もう半分ほど埋まっていた。
皆さん、律儀である。
っていうか、これを楽しみにしてたんだろうな、きっと。

ほぼ全員揃ったところで、この大会の仕掛け人である、
沖山さんによる乾杯のご発声。
飢えたランナーたちが一斉に
食べ飲み放題街道を走り出した。

それにしても、ウルトラランナーというのは
9割方大の酒好きだ。
飲むために走り、走るために飲む。
それを繰り返している。

果たして今回このお店に利益があったのかどうか
不安ではあるが、次回も利用させていただけることを願いたい。

喉の渇きも胃袋もひと段落したところで、
完走者10人、10位からのスピーチが始まった。

皆さん、途中何らかのトラブルを抱え、
思うように走れないながらも、サポーターの皆さんの
助けがあったおかげで、こうして400km走ることができた。
どうもありがとう。

僕を含め、皆さん大体こんな内容だったと思う。


それから結局一人一言話すことになり、
ランナーとしての、サポーターとしての、スタッフとしての
それぞれの立場から、このサバイバルランという
クレイジーな大会への想いを熱く語り合った。

後日、メールの中で、カトルスを脱皮したことを
恥じる僕に、

それは決して恥じることではない。
何かを犠牲にしなくてはゴールまで辿り着けない、
この大会はそんな大会なんだから。

と言ってくれたランナーがいた。

あぁ、その通りなのかもな。
妙に納得できた。

更に、もしかしたら左膝も犠牲になっていたかもしれないし。

でも、230km地点で、本当にリタイアを覚悟した時に
しばらく走れなくなってもいいから、この闘いだけは
もう少し続けさせてほしい、と吹っ切れられたことが、
その後の170kmを走り切る原動力になったのだとも思う。

幸い、日を追うごとに、劇的に左膝の状態はよくなりつつあり、
今日、明日にもジョギングを再開できそうな感じだ。

さすがに疲労困憊だったので二次会には行かず、
4日間を共にした仲間たちともお別れをし、宿に戻った。
また来年の再会を期して。

僕は絶対もっと強くなって戻ってくる。
そしてカトルス星人が400kmを走り切るという
ニュースを全宇宙のカトルス星人ファンの皆さんに届けたい。
そのために、また地道に走り続けるのだろう。




Catsu

  1. 2015/11/27(金) 21:22:43|
  2. 歌うアスリート

沖縄本島一周サバイバルラン2015 回想記⑦

とりあえず平和記念公園を目標に走っては休みを
繰り返すが、想像以上にペースが上がってこない。
午前5時過ぎ、ようやく平和記念公園を通過して、
その先のコンビニで腹ごしらえ。
カップラーメンを食べる。
海風にさらされて、冷えた体に沁み渡る温もり。
ついでに段ボールを借りて横になり、
足の回復もはかる。
6時過ぎ、コンビニを後にして、
姫ゆりの塔を通過し、南波平の交差点を
左にそれて、小波蔵の交差点を目指す。

奥武山公園まではもう20kmを切っているのだけど、
ここから、喜屋武岬の平和の塔までを往復してこなくてはならない。
公称片道3kmとなっているが、どう考えてもそれ以上あるのは確かだ。
おそらく4km以上、4,5kmぐらいはあるんじゃないかと思う。
まあそれもここまで走ってきたらもう誤差の範囲でしかないのだけれど。

僕は明るくなってからの到着だったからいいけど、
真夜中にここを通過したランナー達には
心から敬意を表したいと思う。

沖縄南部一帯、特に、この喜屋武岬の辺りは、
言わずと知れた、沖縄線最後の激戦地だ。
戦闘により、玉砕により、多くの人命が失われた。
夜は明かりもない、心細い道を一人で走っていくなんて、
考えると少し尻込みをしてしまう。
しかも、道路はいたるところ工事中で
迷う要素はそこらへんにうようよしているし。

1時間以上かけて無事往復してきて、
再び小波蔵の交差点を通過。
また足の裏に激痛を感じていたので、
ここで10分ほど、最後の休憩を。
残り17km。時刻は8時30分。
残された時間は3時間30分。
アクシデントさえなければほぼ安全圏内だ。
さて、ここからは旅のクライマックス。
ラストスパートだ。

スパートとは言っても、気分だけで、
もはやスピードアップなど
できる気力も体力も底をついている。
カメさんみたいなペースでもいいから、
立ち止まらないように
淡々と一定のリズムを刻むことだけを心掛ける。

国道331号線に合流し、海沿いのバイパスを進む。
4回目の朝も、他の3回同様、憎たらしいぐらいいい天気だ。
9時を過ぎたころから、みるみる気温が上がるのがわかった。

気温とは対照的に、上がらないのが僕のペースだ。
あと少しという気の緩みからか、
足のありとあらゆる痛みが、大波となって押し寄せてくる。

それでも、長い間引き連れたこの痛みたちとも、
あと少しでお別れか。そう思うと少し感傷的な気分にもなる。

っていうのは嘘で、ゴール後、アドレナリンが切れた後の方が
もっと痛みが出てくるのは知っている。
それが日常生活に大きく支障を与えない範囲で収まって
くれることを祈るばかりだった。

苦しそうな走りを続ける僕のもとに
前方から一人サポーターが走って近づいてきた。
僕のところまでくると、踵を返し、そのまま伴走してくれた。
1、2、1、2.
掛け声をかけながら、一言二言、労いの言葉をくれる。
嬉しさのあまり、一瞬、体中から痛みが抜け、全身が楽になった。
さっきまで、あんなどん底のような走りをしてた自分が嘘みたい。

人間ってここまでメンタルな生き物なのか。
しばらく並走してもらって、ゴールまで絶対に
たどり着くことを約束して、また別れた。

小波蔵の交差点を出発して、ちょうど半分ぐらい進んだ頃、
最後の私設エイドが待ち構えていてくれた。
遠くから両手を上げて、

お疲れさーーーーん!

僕も両手でガッツポーズを作ってそれに応える。

ここからあと8、9キロ。
もう10kmは切っている。

100kmマラソンの時もそうだけど、
ラスト10kmというのは、やっと終わる、
という気持ちと、もう終わってしまうのか、
という気持ちが錯綜する。

ここまでこんなに苦しめられたんだから、
もちろん早く終わってほしいという気持ちが
一番強いことには変わりないけど、
でもどこかで、この非日常的、ファンタジー的体験に
終止符が打たれてしまうのを残念に思わない気持ちが
ないわけでもない。

那覇市外に近づくにつれて、多くの市民ランナーと
すれ違った。皆さん何とも元気な足取りなこと。
羨ましい。
あんな風に颯爽と、最後ぐらい走ってみたい。

指をくわえながら、とぼとぼとマイペースで
奥武山公園を目指す。
赤嶺の交差点までは那覇マラソンの最後と
重複してるコースだ。

ラスト3km。
ラスト2km。
ラスト1km。

最後ぐらい華麗なラストスパートを決めようと、
脳内モルヒネを打って(打ったつもりで)ギアチェンジ。

垣花の交差点でまた一人サポーターが
待ち構えていてくれた。

堅く握手を交わし、ゴールに向かって一緒に走り出す。

そのままスピードを落とすことなく、
沖縄国際ユースホステルまでまっしぐら。

多くの皆さんに迎えられてゴール!
70時間51分12秒に及ぶ
僕のサバイバルランがようやく終わった。

さっそく、完走メダル代わりのオリオンビールが
手渡され、一気飲み。
生きてるーーーーっ!って感じた。

続く


  1. 2015/11/27(金) 08:16:21|
  2. 歌うアスリート

沖縄本島一周サバイバルラン2015 回想記⑥

ここから、夜明けまでの8時間は睡魔との闘いだった。
あと少しでゴールだという気のゆるみが
今まで緊張の名のもとに息を潜めていた睡魔の活動を
増長させる。〇〇打破なるものを飲む。
その1時間後にはまた睡魔にやられそうになる。
もはや、このモルヒネも効かない体になっていた。

膝の状態は比較的いい。
でも足裏の痛みが劇的にやばい。
体中の血という血がくるぶしから下に
全部集まってきているのじゃないかと思えるぐらいに
足先がぱんぱんに膨れ上がっているのが分かる。
1, 2時間走っては、5~10分横になって足を上にあげて
血を戻す。これを繰り返さなければもう走ることは
できなくなっていた。でも、逆に言えば、これさえ
やり続けていれば走り続けることができるというのは
不幸中の幸いだ。

相当強い風が吹き荒れてたので、
休む場所を探すのも一苦労かと思われたが、
こういうときに頼りになるのが、
そう、バス停だ。

走っては休み、足を上げる。
このリズムで、20km先の平和記念公園を目指す。
この辺はまたアップダウンが続く。
おまけにコンビニがなくなった。

また、一人サポーターが巡回にきてくれた。
少し先に車を停めて、200mほど伴走してくれる。
ここから10km先にコンビニがあるから
とりあえずそこまでがんばって、などと
情報をくれながら、ひたすら励ましてくれる。

そろそろ日付も変わって、リミットの
22日(月)になっていた。
こんな時間に、こんなところまで来てくれるなんて。
ほんと涙が止まらない。
どうにかしてでもこの足は動かし続けなくては。

一人で走る時間が圧倒的に長くても、
決して一人ぼっちじゃないことを感じた。
その安心感が、何度もリタイアという絶望の淵から
僕を救い出してくれた。

もうダメだって思ったことは、数知れない。
あらゆるところが痛いし、眠いし、
止めてしまう理由を見つけるのはどんなに簡単なことか。

どうにかして続ける理由を見出そうとしたときに、
真っ先に浮かんでくるのが、今まで応援してくれた
サポーターの皆さんの存在だ。

ありがとうを言うたびに、

お礼はゴールするまで言わなくていい。

そう言われ続けてきた。
もし、途中でやめてしまっては、
お礼を言うチャンスを永遠に逸してしまうことになってしまう。

さすがの僕もそんな失礼なことはしたくない。

だから、より一層ゴールへの執念が強くなっていった。

続く
  1. 2015/11/26(木) 15:07:49|
  2. 歌うアスリート

沖縄本島一周サバイバルラン2015 回想記⑤

48時間で293km。
こんなこといままでやったことはなかった。
とっくに未知の世界に突入しているけど、
その未知の世界はまだあと100kmほど続く。

ここまでの48時間に比べたら、
残り24時間で100kmというのは
だいぶゆるい設定になっている。

ただし、何度も言うが、それは元気で
走れれば、の話だ。

一応の目安としては、20時間で100km
だったら、走ったり歩いたりで行けるはず。
そうしたら、16時にこの第三チェックポイントを
出発しても、たどり着ける計算だ。

段ボールの上で、眠る、眠る、眠る。
照りつける太陽に、汗だくになって起きた時は
すでに時刻は13時になっていた。
1時間以上、落ちていたことになる。

確かに眠気はだいぶ飛んだ。
意識がはっきりした分、膝の痛みがより
明確に浮かび上がる。痛い。痛すぎる。
どうしたらいい?

考えるのも嫌になったので、日陰に移動して
また眠る。
死んだように眠る、っていうのは、
多分どこかで誰かが僕の様子を見ていて
思いついた言葉なんじゃないかとも思う。

もう30分寝た。
16時まで寝るのはちょっとリスクがあるので、
14時には出発しようと思った。
そのための準備を始めた。
座り込む僕のもとに、代わる代わる
サポーターの皆さんがやってきては
世話を焼いてくれる。

それに甘えて、足を揉んでもらったり、
食事をねだったり。
至れり尽くせりとは、
この様子を見たどこかの誰かが思いついた
言葉なんじゃないかともまた思った。

脚全体に消炎鎮痛剤を塗りこむ。
膝には入念に。両足の甲の部分も激痛が走る。
特に右足に。
これは疲労骨折というやつか?
いままで考えも及ばなかった嫌な予感が
ここにきて降臨してくる。
それだけは勘弁。残りたかが100km。
されど100kmだ。骨折した足を引きずって
ゴールできる距離ではない。

しかもすでに左膝っていう先客がいるのだ。
これ以上、爆弾は増えないでほしい。

一縷の望みを持ちつつ、14時、
293km地点を僕は出発することにした。

た、立てない。
やっとの思いで立ち上がってみたものの、
歩けない。
足の出し方を忘れてしまったか、
僕の体は右へ左へふらつく。

これまでは5分も歩けば、
さて、走ろうか、という風になったものだったのに、
歩けど歩けど、痛みが一向に収まる気配がない。

もしこの状況が続けば、歩き続けてのゴールも
厳しくなってしまう。どう考えても、時速4kmも
出ているとは思えないし。
ゆっくりでも、なんででも、走れるっていうことが
できなくてはゴールは夢のまた夢に終わってしまう。

時々立ち止まって、足首を回したり、
ストレッチをしたり、考えられることはすべてやってみる。
30分ほどの忍耐が続き、ようやく走れるかもしれない
兆しを掴み取ることができた。

そして再び僕は走り出した。
数キロ走って、また足が止まった。
アップダウンと暑さで走ることを諦めざるを得ない。
とりあえず、日が傾くまでは歩いて少しずつ
距離を稼ぐ作戦に。

沖縄市に入る頃には、日差しも和らぎ、
道も平坦になってきたので、また走ることに。

この辺はおきなわマラソンでも
走ったことのあるなじみのコースだ。
スタート地点の沖縄県総合運動場を越え、
北中城の交差点を左折。
国道329号線に入る。時速6kmほどで
ゆっくりと歩を進める。
与那原まで15km、狭く、凹凸のある
歩道が意外に難関だった。何度かつまずいて
転びそうになった。
ここまできて、転んで顔でも怪我したら
お嫁にいけなくなってしまう。

与那原について、左折。今度は国道331号線へ。
22時ちょうどに330km地点、佐敷のコンビニ
私設エイドに到着。
もずくを掻き込む。
この酢の感じがたまらない。
もっと手前のエイドから欲しかったアイテムだなと思った。
ついでにインスタントヌードルもいただき、
梅干しで塩分も補給。
残り70km。14時間。
エイドのサポーターに完走を誓い
再び僕は夜の闇へと吸い込まれていった。


続く
  1. 2015/11/26(木) 14:37:58|
  2. 歌うアスリート

沖縄本島一周サバイバルラン2015 回想記④

午前4時。そのコンビニで休んでいたランナーたちが
続々と出発していく。
サポーターの一人が、僕に、まだ出発しなくてもいいのかと
確認してくれる。
出発したい。でも体が動かない。
あと30分寝かしてください。

結局辺野古のコンビニを出たのは4時30分。
1時間半ほど滞在した計算だ。
温かいコーンスープとおむすびとで鋭気は
十分に養った。あとは残り7時間半で
フルマラソン1本走り切ればいい。
これは決して厳しい数字じゃない。
ただしそれは、元気であれば、という前提のもとだけど。

車の助手席から降りようとして、
僕は愕然とした。

脚の状態が今までにないぐらいに悪化していた。
膝に全然力が入らない。
生まれたてのバンビを通り越して、
もはや紐の切れたマリオネットだった。
とても自立できる状態じゃなかった。

どうしたらいい?
それこそここでリタイアか?
またしても嫌な考えが頭に浮かぶ。

いやいやいや、それはないでしょ!
もはや、他人事のように自分に突っ込む。

こんなの唾つけときゃ治る!
そんな気持ちで、まずはよたよたと歩き出す。
これじゃ徘徊老人と勘違いされてもしょうがないような
足取りだ。笑えてくる。膝はとっくに笑ってる。
それでも4,5分歩くと、ゆっくりと走れるようにはなった。
走れると思っているのは自分だけで、
傍からみたら、早歩きよりも遅い、頼りない
足取りであったことは容易に想像できる。

残り43kmなら、絶対いけるはず。
ここまで積み上げてきたものを無にしないためにも
12時までに絶対に到達しなくてはいけない。

よちよち走りで、それでも着実に残りの距離を
減らしていく。2時間走って、残り30km。
いいペースだ。まだ5時間半ある。
だけど、気を抜いたらすぐに危機的状況になるのも
分かってるから、走るのと歩くのを繰り返しながら
とにかく立ち止まらないことを最優先に。

宜野座、金武と越え、うるま市に入る。

残り20kmを切って、ゴールへの意識が
また一つ強くなっていく。
あと4時間。
頑張り続けられるか。
いや、頑張り続けるほか道はなし。

石川の市街地の入り口で
またサポーターが一人待ち構えていてくれた。


お疲れ様~!!
大丈夫間に合うよ~!


屈託のない笑顔に、疲れを一瞬忘れる。
そして、同時に涙が溢れる。
長い長い一人旅の後には堪える。
ありがたすぎる。

ランナー達が道を間違えないように、
こうして案内役を買って出てくれるなんて。

市街地をしばらく進むとまた一人別のサポーターが
向こうから走って僕を迎えてくれる。

またしても涙が溢れる。

この先、長い上り坂がありますけどがんばって!


知りたくない情報をありがとうございます。笑

確かに、1km以上にも及ぶ長い上り坂が待っていた。
諦めて全部歩く。残り13kmほど。
時刻は9時15分。

まだまだ射程圏内にいるのは違いない。

長い上りの次は、下りが待っていた。
膝に堪える。ゆっくりゆっくり歩きながら
走れるところは走るのパターンの繰り返し。

日差しもだんだん強くなり、
三日目の今日も例外なく暑い日になりそうな
予感が脳裏に暗雲となってたちこめる。

どれだけ走っただろうか。
残り10kmを切っていると信じたい。

安慶名の交差点を左折して、
残り6,7km。

最後の暑い、長い直線を走り切って、
11時40分、海中道路西の第三チェックポイント
293km地点に到着。崩れ落ちる僕。

続く。

  1. 2015/11/26(木) 12:21:32|
  2. 歌うアスリート

沖縄本島一周サバイバルラン2015 回想記③

高江の集落から東村までは下り基調のコースだ。
必要以上に膝に負担をかけないように細心の注意を
払いながら、孤独な夜道を下る。
星がきれいだ。月もきれいだ。あと数日で満月を迎えるだろう。
でもあまりよそ見をしながら走ることはおすすめできない。
ちょっとした凸凹で転んだり、脚をひねったり、
側溝に落ちたりといろんな危険が潜んでいる。

月明りで、山々が遠くまで見渡せる。
人っこ一人いない、そんな時間が長い。
僕は何でここにいるんだろう。
何で走っているんだろう。
一体誰がこんな過酷なコース設定をしたんだろう。

有り余る時間に、禅問答も続いていく。
でも、考える気力もほとほとない。
早く横になりたい。
とりあえず、次のチェックポイントまではたどり着きたい。
その一心で、終わらない山道を進む。

東村の海沿いに出てからはしばらく
平坦なコースが続く。
ここで稼がなきゃと思いつつも、
山道続きの後では入る力もろくに入らない。

ふと前を見ると、一台の車が
ハザードをつけて、停車している。
そして、ヘッドライト化懐中電灯を
振り回して、その存在を僕に示している。
あ、私設エイドか?

やはりそうだった。
途中でリタイアしたランナーが
レンタカーを借りて、応援に来てくれたのだ。
嬉しすぎる。

このペースなら、チェックポイント間に合いますよ!!

とりあえず励ましてくれる。
そして、おむすびとコーラをいただく。
もちろん、このへんの出費も彼らのポケットマネーだ。

その心遣いに、胸が熱くなる。
ゆっくりいろいろ話もしたかったけど、
これから先待ち受ける山道を考えると
少しでも先に進んでおかなくてはいけない。

僕は感謝を告げ先を急いだ。
220km地点、東村役場あたりを過ぎ、
辺野古のコンビニまでの30kmを目指す。

一時間ほど進み、軽く仮眠をとることに。
が、寒くて寝られない。
でも、目をつむって意識を休めることに。
震える。もっと防寒対策してくればよかったと後悔。

10分ほどで再び走り出す。
案の定、体はガチガチで、左膝の痛みもひどい。
右膝も痛みが出てきて、両足ともくるぶしから下が痛い。
とても走れる状態じゃないのは確かだ。
だけど、ここで歩き続けたら残り60km以上、
チェックポイント到達も難しくなるのも確かだ。
騙し騙しまた先を目指す。
5kmほど進んだ頃、またきつい登りがやってきた。
痛みも更に増し、踏ん張りが全くきかなくなった。
おそらく230km地点前後、僕は本気でリタイアを覚悟した。

東京を出る前、多くの人に、絶対完走してくると
啖呵を切ってきたものの、こんなやんばるの山中で
無念のリタイアなのか。
ここまで走ってきた距離を考えると、
絶対にやめることなんかしたくない。
でも、同様に残りの距離を考えると、
この脚の状態では正直厳しいと思う。

御守りのため、と持っていた
緊急連絡先の書かれたカードを手にする。
ここまでよくがんばったよ。
自分に言い聞かせてみる。

悔し涙がとめどなく溢れてくる。


本当にもう走れないのか?
再び自問自答してみる。

走れないかどうかわからないけど、
まだやめたくない。
時間はまだ12時間30分ちょっとある。

絶対次のチェックポイントまで到達しよう!
そう言ってたランナーの言葉を思い出す。
みんな限界を超えて、それでもその執念だけで
走り続けている。ならば僕もここでもう一度
限界を忘れて走ってみなくては。

手にしたカードを再びしまい、「
山道を走りだす。
一度覚悟を決めると不思議なもので、
しばらくすると痛みがすーっとひいていった。

こんな奇跡ってあり!?
これならまだいけるはず。
いいペースでピッチを刻み続ける。
また一つ峠を越え、ほっと一安心した時、
前方に停車する車を発見。

こういう辛いときに現れてくれるなんて
なんてスーパーマンなんだろう。

おむすびを二ついただく。
コーラを二杯飲み干す。

ここから辺野古のコンビニまで17kmらしい。
時刻はちょうど日付が変わったぐらい。
3時間もあれば到着できるだろう。
一度横になり、再び走り出す。
多少のアップダウンはあるけど、
今まで越えてきた山々に比べたら屁でもない。
ほぼ平坦な道を淡々と進む。

基地問題で物議を醸している
キャンプシュワブ脇を通り、長い登りを越え
国頭以来、実に110kmぶりのコンビニへ。

22日(日) 午前3時5分。辺野古のコンビニ250km地点に
無事到着した。私設エイドと、サポーターの皆さんが
温かく迎えてくれる。嬉しすぎる。
段ボールを敷いて、しばし仮眠をしようとした矢先、
冷たい雨に降られる。
寒い。寒すぎる。
車の助手席に避難させていただく。
暖房をマックスにして、バスタオルにくるまり
眠りに落ちる。

続く


  1. 2015/11/26(木) 11:50:03|
  2. 音楽catsuどう?

沖縄本島一周サバイバルラン2015 回想記②

辺戸岬を折り返して再び58号線へ。少し進むと
いきなり長い長い登りの洗礼を受ける。

走ったり歩いたりを混ぜながら、
一歩ずつ登る。
登り終わったら今度は、奥の集落まで一気に下る。
下りの途中で嫌な予感がした。
慎重に下って行ったつもりなのに、
奥に到着した時、その嫌な予感が的中したことを知る。

左膝をどうやらやられてしまったらしい。
一番気をつけていたのに、
一番やってはいけない膝をやってしまった・・・。
奥はちょうど170km地点。まだまだ十分半分以上あるのに。
リタイアの4文字が頭をよぎる。
なんとかごまかしごまかし進んだとしても、
200km以上をごまかし続けるのはどう考えても
不可能だと思う。
完走と引き換えに、カトルスから脱皮したのに、
もうこんなに早くダメになってしまうのか・・・。

とりあえず、こういう時は一旦立ち止まって
体を休めてみることに。
ちょうどいい感じのバス停があったので、
炎症鎮痛剤を塗布して、30分ほど仮眠、休憩。

起きてもそんなに状況は改善されていたなかったけど、
まあそのうち痛みに慣れるかもしれないかも、
と再び走りだす。
当面の目標は東村。
50km先にある。

国頭村の自然は本当に美しい。
山に海に。
ただ、それを楽しむ精神的余裕はもはやなくなってきていた。
じりじり照りつける沖縄の太陽。
本当に容赦ない。
補給しても補給しても瞬く間に空になってしまう。

この辺りは、スーパーはもちろん
コンビニすらない。
たまにある集落の共同売店と、自動販売機だけが
唯一の生命線。
手遅れにならないように、先手先手を打っての補給を心掛ける。


ここで一句。
気分は俳人種田山頭火。

走っても走ってもやんばるの山

本当にどこまでも続くアップダウンに、
三度心が折れそうになる。
登りはまだしも、下りは本当に膝に堪える。


15時13分。安波に到着。193km地点。
久しぶりの私設エイドが待ち構えていてくれた。
嬉しい。

おむすびを頬張りながら、
この先の状況を聞いてみる。

まだまだ山は続きますか?

はい。

撃沈。


それはそうだ。基本的に辺野古までは
こんな感じのアップダウンが続くというのは聞いていたのだから。

安波を出てから1km以上、急な上り坂が続く。
こんな登りを走るなんて無理だ。
適わない敵とは戦わないようにする。
これも至極大事なことだ。

走れるところはなるべく走るようにして
少しでも距離を稼ぐ。

17時近くなって、ようやく200kmを越えた。
やっと200km。あと200km。
スタートして29時間。
幸い、まだ左膝は生きている。
生きているうちに、少しでも前に進んでおこう。

さらに少し進むと、

沖縄そば 4km
の看板があった。

時間を考えると、温かい食事にありつけるのは
これが今日最後のチャンスになりそうだ。
沖縄そばの出汁の香りが僕の鼻腔を通り抜ける。
噺家になった気分で、音を立ててそばをすする。
あー早く食べたい!

沖縄そば 3.5km

あ、親切にも500m毎に表示を出してくれているらしい。
力を失ってた脚にも、また鋭気がみなぎる。

ついに、
沖縄そば 1km
もうすぐそこだ。
焦る気持ちを押さえつつ、ふっと嫌なことが
頭をよぎる。

もし休みだったらどうしよう。

がーん。一気に地獄の底へまっさかさまだ。
それは困る。困り過ぎる。
でもまあそうなったら、その次の売店で
何かを買えばいいさ。

お店が見えてきた。お店の前に人影も見えた。
お店の人かな?何してるのかな?
え!おい!まさかもう閉めようとしてるんじゃ!!!

すいませーん!!
まだ大丈夫ですか~!!

渾身の力を込めて、叫ぶ。

叫びながら近づき、おじさんとご対面。
再度尋ねる。

まだ大丈夫ですか?


いいよ。


やった~!!
席に座り、迷わずビーフカレーを注文する。
もちろん大盛りで。

そばを食べたかったのはすでに過去の僕であり、
今の僕はここにいる。
刻一刻と変化する状況に、柔軟に対応できなければ
このサバイバルランを完走することは難しいだろう。

久しぶりのまともな食事が美味しくないわけがない。
スパイスの配合も、好きな感じだった。
あ~、このままゴロンできたらどんなに幸せか。

今の僕にはそんな余裕はない。
まだここから90km進まなくてはいけない。
現在18時30分。205km地点。残り88キロ。
残り時間、17時間30分。

ぎりぎりの闘いは続く。


Catsu




  1. 2015/11/26(木) 10:43:03|
  2. 歌うアスリート

沖縄本島一周サバイバルラン2015 回想記①

思い出したくない記憶の方が多いので、
しばらくは触れたくないというのが本音ですが、
でも、こんな経験なかなかできるものでもないので、
しっかり記録として残しておきたいと思います。

20日(金)

12:00 那覇市奥武山の沖縄国際ユースホステルを出発。
エントリー51名、DNS 9名。つまり出走42名。
いきなりあんまり縁起の良くない数字。この先の運命を暗示するかのような。笑
42名が一斉にスタートすると歩道が大混雑してしまうので、
ナンバーカード順に、10人ずつのウェーブスタート。

走り始めるとすぐに汗が出てきた。
すでに相当暑い。
14時過ぎまでは気温も上昇するんだなと思うと
すでに萎える。

集団になったり、ばらけたりを繰り返しながら、
那覇市内を淡々と進む。
信号が多いから、走ったり止まったりの繰り返し。
信号待ちが嫌いな僕だけど、北の方に行ったら信号すらないところを
ひたすら走らなくてはいけないので、それを考えて、しばしの間
信号のある景色を目に焼き付けておくことに。

国道58号線を進み、牧港の交差点で海沿いに左折。
間近に海を見て、上がるテンション。

この辺りは皆さん余裕があるので、
かわるがわるいろんなランナーと談笑しながら進む。
一見、普通の市民ランナーにしか見えなくても、
中身はとんでもない経歴の持ち主だったりするような
そんなランナーばかり。そういう偉大なランナーのことを
敬意をこめて、我々は変態、と呼ぶ。

那覇、浦添、宜野湾、北谷、嘉手納と通過し、
伊良皆の交差点を左折し、読谷の残波岬を目指す。

残波岬が第1チェックポイントで、
ここ34km地点を5時間以内に通過しなくてはいけない。
よほどのケガか、二日酔いでもない限りは
無難に通過できるチェックポイントで、僕は3時間38分で通過。
私設のエイドで、沖縄そばをいただく。
スパムおにぎりも頬張る。
忘れずにオリオンビールも流し込む。
さすがに、泡盛残波は回避する。笑

次のチェックポイントは辺戸岬、162km地点。
ここを21日(土)の12時までに通過しなくてはならない。
128kmを20時間ちょっとで。


残波岬から今度は東へ向かい、
真栄田岬付近を通り、恩納村、中泊へ。
この辺で海に映る夕焼けを見る。
58号線が二手に分かれるが、旧道の方へ。
恩納村役場、万座毛と通過する頃には
もうすっかり日も落ちていたので
ヘッドライトを取り出し、ナイトランモードへ。

気が付けばいつの間にか単独走になっていた。
ながーいながーい夜を、
ながーいながーい辺戸岬までの道のりを考えると
すでに発狂しそうになる。

ワープなんてできないから、
一歩ずつ確実に足を運び、距離を稼いでいく。
ここから名護までの道は、2月のT.O.F.Rの時、日中通過しているので
景色は結構はっきり覚えている。それを思い出しながら、進む。

名護に着いたのは20時過ぎ。
入り口付近にスーパーを見つけたので、
ここでしっかり補給することに。
パックの握り寿司、鶏もも焼き2本、焼き鳥5本、キムチ、
デザートにオリオンビール。笑
嘘、食前酒&食中酒としていただきました。

名護からは、海洋博公園、美ら海水族館を通り、
この辺りが大体100km地点。
やっと100kmっていう思いと、まだ100kmなのかという思いと。
後者の方が断然強く、一抹の不安を猛烈に感じた午前1時前。

そろそろじわじわ睡魔も襲ってきて、すべてがぼんやりしてきた頃
目の前になにやら幻想的な光の世界が。
畑がライトアップされている!
クリスマスイルミネーションにしては、辺鄙すぎる。
どう考えたって、ここは沖縄の表参道でもミッドタウンでもないし。
誰かを喜ばせるためのライトアップではないことは確かだ。
そのイルミネーションが右に左に、結構あちこち見られた。
(後日調べると、電照菊栽培用灯りだったらしい)

仲尾次北の交差点から再び58号線へ。
この地点から辺戸岬までが約42km。
第二チェックポイントまで、あとフルマラソン1本分。
時刻は確か午前3時を回ったぐらいで、
この時猛烈な睡魔に襲われた。
道端で15分ほど仮眠することに。
近くの木で、オオコウモリが果物の実を食べている音に
気づきながらも、もう不気味だとか感じる余裕もなく、
そのまま眠りの世界へ。いっそこのまま永遠に眠り続けたい
とも思ったけど、アラームに助けられ、無事生還。
再び走り出す。

疲労の色は否めないものの、脚にはまだ元気が残っていたので、
どうにかこの睡魔をやっつようと策を練る。
あ、カフェインか!
そう閃いた僕は、数km先のコンビニで
〇〇打破を2本購入。合わせてブラックのアイスコーヒーのボトルも
一気に飲み干す。
それが効いたのか、仮眠が効いたのか、
とにかく頭がすっきりしたので、そのままの勢いで
北部最後のコンビニがある国頭村奥間を目指す。

ここから辺戸岬まで20キロ。
時刻は午前6時を少し回ったところ。
十分に補給をして、6時半ごろに、コンビニをあとにする。

辺戸岬まで〇〇kmの青看板の表示のカウントダウンを楽しみに、
1kmずつ、つぶしていく。残りひと桁になると不思議なもので
死にかけた足取りがまた少し息を吹き返す。

トンネルを抜け、坂を越え、
午前9時25分、第二チェックポイント辺戸岬、162km地点に到着する。
すると、多くの有力ランナーの皆さんがすでにリタイアして、そこで
待ち構えていた。え!!!!
皆さんやりきれない気持ちでいっぱいだろうに、
僕を気遣い、労ってくれる。
食べるものを食べ、飲むものを飲み、
段ボールを敷いて、しばし横になることに。

その間、大の大人が3人がかりで
外れてしまった、僕のリュックの紐を戻そうと悪戦苦闘してくださった。
その紐がなくてもなんとかならないわけではなかったけど、
執念で直していただいた。嬉しかった。

そして、これから始まる二日目の日差し、暑さ対策として、
カトルス星人とはお別れすることにした。
背水の陣で臨んだので、着替えがなく困っていた僕に、
自分が来ていたシャツを、水洗いして僕に貸してくれるという
ありがたいランナーの方もいらっしゃった。
背に腹は代えられないので、そのぴちぴちのSサイズのシャツを着て、
下は、インナーのスパッツという姿で、心機一転、生まれ変わって
第三チェックポイント、海中道路西、193km地点を目指すことに。
午前10時に出発したので、26時間以内に131km進めばいい計算だ。
これは楽勝だな。一瞬そう思ってしまった僕に、
ウルトラマラソンの神様は天罰を与え賜うたのだった。

続く


Catsu


  1. 2015/11/25(水) 10:03:17|
  2. 歌うアスリート
次のページ

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。