音楽catsuどう?

catsuのブログです。暇つぶしのお役に立てれば・・・。ライブ情報なんかもこちらから発信しますので、たまにチェックを

久しぶりのサブスリー

昨日は古河のはなももマラソンでフルを走ってきました。すみちゃんこ伴走の予定でしたが、すみちゃんまさかのDNS。もったいないので下見も兼ねて一人で参加してきました。来年もしかしたらまた出るかもしれないので。3時間切れればいいかなと思って走りだし、2時間56分台でゴール。まあ、こんなもんかな。またトレーニングします。

ゴールしたのもつかの間、17時から高輪、モミュのオーナー日高仁さんのバースデーパーティーに間に合わせなければ。北品川の天神湯の真っ黒なお湯につかって、着替えて会場に。軽くリハして、無事本番も終了。一年ぶりに会う人達と楽しい時間を過ごしました。
ハードたけどいい一日でした。


Catsu
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  1. 2017/03/13(月) 12:56:06|
  2. 歌うアスリート

ラッセルラン to 小樽

というわけで、一昨日走ってきました。


前日遅かったにもかかわらず、6時20分起床。朝風呂に入って、ホテルの無料朝食をとり、7時半前の電車に乗り札幌駅へ。苫小牧は気持ちよく晴れていたにも関わらず、札幌は雪という知らせが入る。これは途中でリタイアするパターンもありかもという不安がよぎる。

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9時少し前、札幌駅北口をスタート。

僕はノリノリだが、道民3人は敢えてこんな日に走らなくても・・・、というテンション。せっかく東京から来てるので、という汚い脅し文句を使って、3人の尻を叩く。

出発早々、北大の中を突っ切る。キャンパス内は、前夜からの積雪が20cmほどになっていた。新雪を踏みしめる感触は何とも心地いい。親切を踏みにじるのとは雲泥の差だと思う。当たり前か。構内を貫く長い直線道路で、何人かのランナーとすれ違う。やっぱりみんなみんな走るんだ。そういえばクラーク博士の像は札幌のどこにあるんだっけってなことを思いながら走っていたら、急に目の前に現れた。

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なんだ、博士、ここにいらっしゃったのですね。

はい、大志を抱きます!
あ、もうすでに少年ではなかった・・・。

学内から、進路を西の方へ。ここからはほぼひたすら一本道。道路まで真っ白な市街地を抜けてゆく。雪も降ったりやんだり、風も吹いたりやんだり、日差しも出たり引っこんだり、ころころ変わる天気の中、雪が降って、風が強くて、日差しがないときは、雪山で遭難したような気持ちになって、あやうく萎えそうにもなった。雪がまつ毛に張り付いて、凍って、著しく視界が悪くなった。鼻も頬も寒さでひび割れそうな痛みだ。北海道版サバイバルランの様相を呈していた。そんななか、こんな感じで一行は進む。

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危ないから転ばないでね。と道民1人が僕を優しく気遣ってくれる。そして、その本人が転倒した。(今回の行脚での転倒は唯一これだけだった。本人の名誉のため、3人のうちの誰だかは伏せておく。笑)


16km地点で小休止。ちょうど小腹もすいてきた頃だった。
こんな格好で店内に入る。
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東京だったら遭難者と間違えられて通報されるレベルだ。

何か温かいものでも食べようと思っていたのに、気が付いたら外でソフトクリームを食べていた。もはや正常な判断ができていない。笑
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もちろん、外で食べたのは最初だけで、残りは中でゆっくり食べた。ミルクが濃厚で美味しかった。あの状況でそう思ったのだから、普通の状況で普通に食べたら2,3割増しで美味しく感じられるに違いない。


トイレ休憩も済ませ、再出発。20分ほどの滞在。休憩の後はなかなか体が言うことを聞いてくれない。でもまだ半分にも到達してないので、気合を入れ直して頑張る。

銭函のあたりから、峠越えが始まる。積雪も20~30cmあって、ラッセル状態になった。このラッセルランが楽しくてしょうがなかった。パラパラの粉雪を掻き分け蹴散らしながら進む快感。ラッセル!ラッセル!(ハッスル!ハッスル!のつもり)

峠の途中で眼下に海が見えた。流氷が見えるかも!なんてにわかに期待を膨らませるも、ここはまだ日本海。オホーツク海ではないので流氷など見えるはずがない。前日は、苫小牧で太平洋を眺め、翌日日本海。この広い北海道で二つの海を走りながら見れるなんて・・・。

峠越えが終わり、最初のコンビニで久しぶりの小休止。ちょうど30km地点。そしてさらに5km、35km地点にある、小樽市唯一の蔵元、田中酒造を見学する。
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お目当ては、試飲コーナー。笑
がっつり4種類いただく。
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おすそ分けでいただいた、ここの甘酒もめちゃくちゃ美味しかった。

目的地の温泉まで走って無事ゴール。39km。内容充実の6時間のマラニックでした。


高速バスで札幌に帰り、サッポロビール園へ。生ビール飲み放題と、ジンギスカン食べ放題を満喫。

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沖縄サバイバルがご縁で、こんな経験をさせてもらえて幸せいっぱいでした。
残りのステージ、がんばっていこうと思います。


Catsu

シャンソニエ カプリス
苫小牧市大町2-4-4 三和ビル1F
0144-36-6656
20:00~0:00(Open 19:00)
Charge ¥3,000
  1. 2017/02/21(火) 08:34:10|
  2. 歌うアスリート

苫小牧2日目

午後から2時間ほど散策へ。
館内温度に慣れきった体で外へ出ると、一瞬でその冷気にやられました。歩道も相変わらず凍っているし、ほんとに走れるのか不安になりました。でも、意外と走れるもので、結果から言うと、一回も転ばずにすみました。(昨日転んだのは、革靴でギターを背負って荷物も持っていたからで、身軽な格好だったら転ぶはずはないと自分を納得させました。笑)
地面を強く蹴ろうとするとスリップするので、自然と着地が柔らかいものになります。体の軸が左右にぶれると転倒のリスクも高まるので、そうならないよう、インナーマッスルたちが微調整をしてくれようとするのが分かります。雪道(っていうかアイスバーン)を走るのもなかなかいいトレーニングになるかな、と。晴れていたので日差しがあるところは気持ちよく走れるのですが、日陰に入って、更に風でも吹こうものなら、雪山で遭難してるんじゃないかなってぐらい寒いです。さすが、北海道!こうこなくっちゃね~、なんてのんきな独り言をつぶやきながら走ってました。ふと、足元に茶色の塊を見つけたので立ち止まりよく見ると、それが財布であることが分かりました。すでに何度も車に轢かれ、雪で凍りついたその無惨な財布には現金は入っていませんでしたが、免許証、保険証ほかカード類もたくさん入っていたので、交番まで届けることに。ググって見ると、最寄りで2.5km。ちょっと走りづらいけどそのぐらいなら我慢するとしよう。走ること数秒、泥水と氷のついたその財布を持つ僕の指先が痛み始めました。つ、冷たすぎる!このまま、2.5kmは絶対に走れない。凍傷になってしまう。いっそここに放置しようか。僕の心の中の悪魔が囁きます。いや、落とし主は困っているのだから一刻も早く届けてあげなさい。すかさずもう一人の天使が反論します。でも、指が。。。でも、自分も財布を拾ってもらったこともあるし。。他の誰かいい人が代わりに届けてくれるさ。。。立ち止まってしばらくどうしようかと考えました。でも一向に天使と悪魔の攻防が終わりそうになかったので、二人はもうそのまま言い争わせておくことにして、再び財布を持って走り始めました。工場現場の方に、土嚢なんかを作る用の袋を頂き、それにくるんで持つことで冷たさから解放されました。無事交番までたどり着いたんですが、まさかの留守。机の上の電話をとって話してみると、今現在、事故処理中であと15分は戻れないという答えだったので、1km離れた警察署に届けることに。なんて日だ!結局10kmほど走ったのですが、3分の1は財布ランでした。笑

夜は、変態ランナー仲間が聴きにきてくれて、カトルスではない、仮の姿をばっちり見られてしまいました。あー恥ずかし。でも、沖縄のご縁がこうして発展するというのは本当に嬉しいことです。変態ランナー万歳!

今日は札幌から小樽まで走ります。苫小牧はいい天気だったのに、札幌は吹雪いてるとか。おいおいおい!

では行ってきます。
明日の夜からまた唄います!


Catsu
  1. 2017/02/19(日) 08:31:47|
  2. 歌うアスリート

ハーフマラソン

昨日の帰り道、改札出るときに前のオジサマのPasmoの残額が、37円、って表示されてたけど大丈夫かな?


久しぶりに、ハーフマラソンに参加してきました。舞台は、12月のトラウマの抜けきらない神宮外苑。昨年の神宮24時間は不完全燃焼だったな~。

今回は余裕の、21.0975km。すみちゃんの伴走でした。もちろんカトルス星代表として。
すみちゃんレポート

にしおかすみこ ブログ
今回は調整目的のゆるらんだったので気持ちも楽に、新宿の街を駆け抜けました。御苑トンネルを走れたのは貴重な体験でした。意外に長いんですね。外の光が見えた時は軽く興奮しました。確か関越トンネルが10kmちょっとだから、往復でコース取ればハーフマラソンができるな~。ま、こういうのは開通前にやらないとなかなか難しいんでしょうけどね。アクアラインマラソンに対抗してぜひ開催してもらいたいものです。関越トンネルハーフマラソン、参加賞はモグラのぬいぐるみと、もやし。

さて10日(金)のカフェ・イズミのライブは、ゲストは琴音です。
2500円、お食事、ワンドリンク付きの投げ銭ライブですのでどうぞお気軽に。

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Catsu
  1. 2017/02/02(木) 12:04:45|
  2. 歌うアスリート

沖縄サバイバルラン400km 回想記2016 その⑩

タイムリミットの正午まで残り1分を切り、カウントダウンが始まったところで滑り込みでOさんが飛び込んできた。さぞかし喜びと安堵感で一杯かと思いきや、当のOさんは、おかげであと100キロまた苦しまなきゃいけない羽目になった、とため息混じりだ。もちろんこれはOさんならではのジョークだが、僕にとっても他人事ではない。サバイバルはここで終わりなわけではなく、まだ続くのだ。でも残り時間を考えれば焦らなくてはいけない要素はない。それこそ歩きに毛が生えた程度でも進み続けていればゴールには間に合う。昨年は、2時間ほどたっぷりこのCPで休憩を取った。今年は、直前のダッシュのダメージもあり、心身ともにボロボロだったので、もう1時間余計に、休むことにした。15時にやっと腰を上げると、もう誰も残っていなかった。独りぼっちで最後尾というのはなんと心細いものだろう。でも、まあいいか、十分回復したし、走っていれば追いつけるだろう、と。次の瞬間、激痛が走った。尻が、股が痛い。そういえばずっと痛かったはずだが、関門通過に気を取られていて、痛みを忘れていたようだ。いざ、関門を通過して、緊張の糸が切れたとたん、さらにパワーアップして猛烈な痛みとして、再び僕に牙をむいてきたのだ。走ることはおろか、歩くのもままならない。ワセリンを塗っても大した効果もない。どうしたらいいものか。対策を考えていたらいつのまにか勝連半島を全部歩きとおしてしまった。ティッシュやガーゼ、テーピングテープを使ったり、いろいろ試すものの、これといった解決策が見当たらない。股ずれさえ気にならなくなれば走れるのに・・・。そんなもどかしい気持ちのまま時間だけが過ぎていく。そろそろ日も暮れだしたころ、残り時間は18時間となるも、まだ10kmほどしか進めていなかった。さすがにこのペースでは間に合わない。僕はあがくのをやめることにした。その痛
みから逃げるのではなく、引き連れていくことにした。薬局で売ってなかったワセリンが、幸いコンビニに売っていたので、3つほど大人買いをする。ストックを確保した僕は、贅沢に「塗っては進む作戦」に打って出た。しかしながら効果はこちらの期待ほどには長続きしない。固形であるはずのワセリンが薄情にも汗と共にどんどん流れていってしまうのだ。これではもはやワセリンではない。ローションじゃないか!イライラは加速していくも。僕は走っては止まって、塗ってを繰り返す。それでもなんとか与那原のT字路を左折して、国道331号線へと入った。少し行ったところで、リタイア組の皆さんが揃って出迎えてくれた。数キロ先にある佐敷のCPを午前1時までに出れば間に合うはずだからという昨年の情報をもらう。その佐敷のエイドに着いたのが午前0時前。温かいスープなどを補給して、最後の仮眠を取ることにした。午前1時まで、1時間ほど眠りに落ちる。コンビニからお借りした段ボール敷布団が心地よかった。まだまだ寝ていたい気持ちを振り切り、最後の闘いへと戻る。午前2時の時点で、残り10時間で50キロちょっとあった。時速5キロのセーフティー域まで、少しペースを上げる必要があった。股ずれの痛みはさらに悪化し、もうガニ股でしか走れなくなっていた。逆に言えば、ガニ股であれば走り続けることができたので、ここにきて再び一筋の光が見えた気がした。少し前を走っていたOさんに追いつく。かなりフラフラなのが後ろから見てとれる。並走することも考えたが、今は自分のペースを維持することが精一杯だったので、その旨をOさんに告げて、僕は先に行った。時折振り返ると、闇の向こうからチラチラとOさんのヘッドライトの光が見える。少し距離はあっても、一緒にがんばっているOさんの存在を感じ取れることは大きな励みだった。走っていれば何とか時速6キロ程度でていたので、数時間後には、少し貯金ができていた。でも気を抜くすぐなくなってしまうぐらいの貯金だったので、コンビニ休憩も2回のみ、どちらも2~3分程度で済ませて先を急いだ。平和記念公園に向かう長い登りと長い下りを終えて、ひめゆりの塔の前を過ぎたあたりで、先を行っていた、TさんとMさんが道端でうずくまっていた。(Mさんは元気で、Tさんの介抱をしていた。)残り時間を考えると、ここから歩いてではゴールまで間に合わない。でもTさんが走れない状態であるのはすぐわかった。ここまでがんばってたどり着いたのに。Tさんの無念さが伝わってくる。眠っているTさんを起こさないよう無言でエールを送り、僕は再び先を急ぐ。このあとまだ喜屋武岬までの往復が待っている。喜屋武岬へと続く古波蔵の交差点に向かう直線道路の途中、足音を聞いた気がして振り返ると、TさんとMさんが軽快な足取りで走っていた。数分前の状況を考えると、奇跡の復活という言葉がぴったりだった。僕とは次元の違うスピードで走り去っていった。どこにあんな力が残っていたんだろう。瀕死の状態からのV字復活がありえるのもこのサバイバルならではと思った。その先の喜屋武岬ですれ違った時も、二人の元気な足取りは変わっていなかった。間違いなくゴールまでは行けるだろう。あとは、僕自身と、後ろでがんばっているはずのOさんが頑張らなくては。喜屋武岬までの砂利道がふらふらな脚には堪える。灯台で折り返して少し行くと、同じくふらふらのOさんとすれ違った。なんとか大丈夫そうだ。残り17キロ。3時間半ちょっと。多少歩きを入れても間に合う計算だったが、走れているうちにより多く貯金を作っておきたかったのでなんとか走り続けた。もちろんガニ股のままで。市街地に入ってきて、多少周囲の目も気になり始めたが、そんなこと構っていられる余裕はなかった。残り10キロを切って、2時間ちょっと残っていたので、ここでようやく早歩きに切り替えることに。思えば8時間以上走り通しだった。そう、ガニ股で。早歩きになっても、やっぱりガニ股のままだった。いくつか橋を越え、残り7キロ地点を通過。まだ1時間半ある。もっと時間にも肉体的にも余裕があれば、400キロの最終盤のこの数キロをウィニングラン気分で走れたであろうものの、僕にはもがくようにガニ股のまま無心で歩き続けるしかなかった。

つづく
  1. 2016/12/21(水) 13:22:19|
  2. 歌うアスリート
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